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「十四億人の安寧」書評 一長一短の「福祉ミックス体制」

評者: 酒井正 / 朝⽇新聞掲載:2024年11月30日
十四億人の安寧:デジタル国家中国の社会保障戦略 著者:片山ゆき 出版社:慶應義塾大学出版会 ジャンル:思想・社会

ISBN: 9784766429848
発売⽇: 2024/09/21
サイズ: 18.8×2cm/336p

「十四億人の安寧」 [著]片山ゆき

 ひと頃まで、アジア諸国の社会保障制度と言えば発展途上と見なされ、日本の制度がその目指すところとされることが多かった気がする。だが、いまやそれらの国々は、フルスペック(高機能)の社会保障制度を望んではいない。日本をはじめとした高齢化の進んだ国々が、財政面から制度の維持に苦しんでいる姿を見ているからだ。
 本書が詳解する中国の医療保障制度でも、公的医療保険は簡素な給付に留(とど)められる一方で、「福祉ミックス体制」と称して民間保険などがそれを補完する手段として位置づけられている。特徴的なのは、プラットフォーマーも「規模の経済」を利用して公的医療保険を補完する商品を提供していた点だ。その代表は、「ネット互助プラン」と呼ばれるプール金を持たない相互扶助の仕組みであり、民間保険への加入が難しかった人々の受け皿になっていたことが示されている。
 それでは、日本の社会保障制度も民間商品との連携を見習うべきなのだろうか。本書の著者が決してそうは言わないことが印象的だ。というのも、民間企業が営利目的で医療保障を提供する限り、疾病リスクの高い者は排除せねばならず、必然的に再分配機能は弱まるからだ。これでは格差は解消しない。医療保障がデジタル化されたが故に、むしろこうした排除が行われやすくなっているとの示唆も重要だ。
 それでも、民間の保険会社が健康状態にかかわらず誰でも加入できる商品も提供するのは、政府に協力することでそのバックアップを得られるといった「見返り」があると考えているからだ。とはいえ、高齢化が進み採算が確保できなくなれば、そのような蜜月の関係も今後はどうなるかわからない。著者の冷徹な目は、「福祉ミックス体制」の脆弱(ぜいじゃく)な側面も見抜いている。中国の社会保障制度を通して、「社会保障とは何か」という古くて新しい問題を考えさせてくれる一冊だ。
    ◇
かたやま・ゆき ニッセイ基礎研究所保険研究部主任研究員。専門は中国の社会保障制度、民間保険市場など。