- 『京都伏見 恋文の宿』 花房観音 実業之日本社文庫 814円
- 『吉原面番所手控』 戸田義長 朝日時代小説文庫 935円
- 『落としの左平次』 松下隆一 ハルキ文庫 814円
今回は「文庫書き下ろし新作、または単巻時代小説作品」をテーマに選出。
時は幕末、京都伏見の旅籠(はたご)、月待屋(つきまちや)を舞台にする(1)は、月待屋女将の娘、真魚(まお)と、月待屋の離れで代筆屋を営むお琴の日々を描く。14歳、子供の真魚が、「少し年の離れた姉のような」お琴やお琴の生業である代筆屋に駆け込む人々に触れる中で、人の複雑な事情を垣間見、大人になっていく。地の文の柔らかな文体、登場人物の交わす穏やかな上方ことばが物語全体を包む、心地のいい人情時代小説になっている。
気鋭の時代ミステリー作家として知られる著者の新作である(2)は、江戸期の遊郭を舞台にした新感覚捕物帖(とりものちょう)。遊郭の事件を一手に担う面番所の同心であった木島平九郎と、彼に入れ知恵をし、事件を解決に導いていた花魁(おいらん)、夕顔が出会う怪事件の顚末(てんまつ)を描く。それぞれの事件の解決もさることながら、本作を引っ張るのは、事実上の探偵役である夕顔自身が有する、諦めにも似た人生観だろう。夕顔の抱える寂寞(せきばく)は何なのか。その大きな伏流水が、最後の光景にまで読者を誘う。
著者初の文庫オリジナル作品である(3)は、訳ありの元同心、左平次と、左平次に預けられた見習い同心の清四郎のバディ小説。口が悪く気難しいものの世間知に通じる左平次と、若さゆえに融通が利かず真面目な清四郎のコンビは塩梅(あんばい)よく正反対で、2人の個性のぶつかり合いが物語に色を添える。捕物帖としてはもちろんのこと、清四郎を主人公にした成長小説、人情小説としても読める。=朝日新聞2024年12月14日掲載