本の先生の仕事って?
お囃子の音に誘われ、小ぶりの獅子が会場を練り歩く。赤い胴幕の中には4人ほど。子どもたちが猛練習した地域伝承の獅子舞だ。「痛っ」「押すな」。獅子頭から漏れる声に今村さんもニッコリ。歓待をねぎらい、授業を始めた。
振り返れば、今村さんが初めてオーサー・ビジットに登場したのは2020年。そのとき紙面では「大きな賞を獲りたい」と言葉を丸めたが、実は「直木賞を」と明言していた。
その2年後、みごと第166回直木三十五賞を受賞。それまで多くの生徒に「夢はかなうことを証明してみせる」と宣言していただけに、約束を果たせたと涙ぐんだ。
ただ今回は、直木賞も歴史・時代小説も「?」だらけの子どもたち相手だ。そこで今村さん、「言うてみたら僕は本の先生」。そんな自己紹介で小学生との距離を一気に縮めた。
ホワイトボードに「作家」と書き、「野球にたとえたらピッチャーや」。本の先生の仕事をわかりやすく説く。その作家が書いた原稿を受け止めるキャッチャー役が「編集者」で、編集者が検討した原稿は「校閲」という、内容の正確性をチェックする専門家に送球され、さらにデザイナーや印刷所、取次の手を経てようやく書店に並ぶ。
そんなに大勢の人が関わっていたなんて。驚きを隠せない子どもたちに提案したのが、おとぎ話「桃太郎」の改造ゲームだった。
もしも桃が〇〇だったら
まず「桃の代わりに、どんぶらこ~と流れてきたのは?」。今村さんが促すと、「リンゴ」「スイカ」「ネコ」「ワイン」。次々手があがる。
次に「おばあさんが持たせたのは、きび団子ではなく?」。即座に「肉団子」の声があがって勢いづき、「車」「拳銃」「ロケットランチャー」などヒートアップ。
そして「犬・キジ・猿の代わりのおともは?」。「カバ」「巨人」「ゴリラ」「鬼」「恐竜」、今村さんの人気シリーズから「火喰鳥!」の声も。「ありがとうございます!」と今村さん、破顔した。
たくさんの案から多数決をとる。結果、「桃」の代わりは「スイカ」、「きび団子」は「車」、「犬・キジ・猿」は「巨人・恐竜・ゴリラ」に改造が決定。
これで物語が成立するか──。「おばあさんが川で洗濯をしているとスイカが流れてきました。割って出てきたのはスイカ太郎」。その場で今村さんがストーリーを創る。「おばあさんはスイカ太郎に車を持たせました」
今村さんが特に思案したのが、おともだ。いずれも強そうで鬼退治にうってつけ。でも、巨人やゴリラは車に乗れる? 恐竜は翼竜ならいけるか? それともいっそ、おともは無しに? 「おともは大きすぎて車にも船にも乗れず、スイカ太郎は一人で鬼退治に行ってボコボコにされました」という結末になったから一同爆笑だ。
この日は子どもたちと創作したが、作家はふだん、自分ひとりの頭の中で案を出しては試行錯誤し、ひとつの解に絞っていく。これが、執筆過程で常に行っている孤独な作業だった。
「運」が弱くても「縁」がある
授業の終わりに今村さんは、「才能×努力×運」のかけ算を伝授した。
才能と努力をそれぞれ10点満点とする。「めっちゃ才能があるのに努力しないから成果を出せない人がいる」。これを仮の点数で式にすると、才能10点×努力2点=20点のようになる。「逆に、才能はそこそこだけど、すごく努力して成功する人もいる」。たとえば、才能4点×努力9点=36点といった具合だ。
「みんなはまだ、自分にどんな才能があるかわからないと思う。いったい何歳になったらわかると思う?」。この問いには「20歳くらい?」。今村さんは安心させるようにうなずき、「31歳くらいまでわからないんだって」。
実際、今村さんは「小説家になる」という夢を抱きながらも、30歳まで一文字も小説を書いたことはなかった。才能あるかもと思えたのは、仕事にしていたダンスインストラクターを辞めて書いた作品が、地方の文学賞を受賞してから。
才能が少なくても、努力点が多ければ夢に近づく。そう勇気づけられたものの、「才能と努力だけじゃ足りないんだよね~。もうひとつかけ算が必要、なんだと思う?」。「才能×努力」の次に「×運」と書き足した。
ええ~⁈ 悲鳴があがる。「しかも運のたちの悪いところは、人によって1点から100点くらいまであること。ズルくね?」。運に左右されるなんて絶望的! 表情が曇るのを見て救いの手を出す。「運の代わりになるのが人との縁」
ただし、「縁」はそのときつないでおかないと、再び訪れるとは限らない。「だから、話しておきたいことは今話そう。ケンカしたら、いつかじゃなくて、今あやまろう」と、今村さん。この学校で出会った友だちも大切。気づかされた子どもたちだった。
児童たちの感想は・・・
金子優一翔(ゆいと)さん(4年)「授業はいろんな意見を言えて楽しかったし、作家の仕事は大変だということも初めて知った。努力も縁もすべてを大事にしたい」
山岡駿斗(しゅんと)さん(4年)「書いたらすぐ本になるんじゃないって初めて知った。才能や努力のかけ算も確かに。自分の才能はまだわからないけれど努力する」
戸川義隆さん(5年)「桃太郎の改造話が想像していた展開にならなかったことから、思いつきで物語は作れない、考え抜くことが大切とわかりました」