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『「後進国」日本の研究開発』書評 技術を移植し創造性を得る歴史

評者: 隠岐さや香 / 朝⽇新聞掲載:2024年12月21日
「後進国」日本の研究開発―電気通信工学・技師・ナショナリズム― 著者:河西 棟馬 出版社:名古屋大学出版会 ジャンル:一般

ISBN: 9784815811686
発売⽇: 2024/08/26
サイズ: 15.7×21.7cm/386p

『「後進国」日本の研究開発』 [著]河西棟馬

 研究開発の歴史は先端的発見の展開を追うものになりがちだった。近年はその反省から、旧植民地諸国等、「周縁」であることを強いられた地域での技術「利用」の歴史研究も盛んである。
 だが、近代日本の事例はそのどちらからも抜け落ちてしまう。ゆえに本書はあえて「後進国」の研究開発史という視点を提案する。それは日本が技術を西洋から移植し、創造性を得るに至る過程の歴史である。
 19世紀後半の電気通信工学では西洋諸国が最先端にあった上に、関連産業も米独の企業により国際的な寡占状態にあった。つまり日本にとっては、研究開発の劣勢のみならず、国際市場の不平等な競争という二つの課題があった。
 絶望的ともいえるこの状況で、日本の技師たちは「人種レベルでの劣等感」を克服したい思いと自国の経済に貢献したい気持ちから、個々人で工夫を積み重ねていく。とりわけ第1次世界大戦等、輸入一般を困難にした事象はその機運を高めた。
 その工夫は電信システムの部品改良・国産化といった具体的な細部から始まる。それが装置全体、更には理論レベルの発見へと続いていく。具体的な技術を通じた「追い上げ」過程を丁寧に描いていることは本書の醍醐(だいご)味の一つである。
 同時に、本書は産官学連携の困難、とりわけ大学の「工学」が研究と産業の狭間(はざま)で揺れ続ける様を描写する。先端的な研究成果ほど、国内では見識も資金も足らず産業化するのが難しい。連携は困難を極めた。結局、最も産官学連携が進んだのは植民地朝鮮や満洲国を対象とする電信システム構築など、国家主義的・軍事的有用性が見込まれる場面においてであった。
 科学は人類のためにあるが、技術は一国の経済的関心の的となりやすい。本書は科学技術が抱える葛藤を冷静な筆致で描くと同時に、戦前から続く日本の強みと弱みを浮き彫りにしている。
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かわにし・とうま 1990年生まれ。東京科学大講師(技術史、とくに19~20世紀前半の電気技術史)。京都大博士(文学)。