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死後の世界をめぐる一夜の旅を描く「ぼくのことをたくさん話そう」 藤井光が薦める文庫この新刊!

  1. 『ぼくのことをたくさん話そう』 チェーザレ・ザヴァッティーニ著 石田聖子訳 光文社古典新訳文庫 1056円
  2. 『川のほとりで羽化するぼくら』 彩瀬(あやせ)まる著 角川文庫 770円
  3. 『チーヴァー短篇(たんぺん)選集』 ジョン・チーヴァー著 川本三郎訳 ちくま文庫 1210円

 物語とは、脆(もろ)さも強さも含めて「人」を形作るのだと実感する三冊。

 (1)はある若者の、死後の世界をめぐる一夜の旅を幻想的な筆致で語る。主人公は霊からあの世の旅に招かれて飛び立ち、ダンテの『神曲』よろしく地獄の環道から煉獄(れんごく)、そして天国を旅していく。先々で出会う人々は、人生の重大な瞬間をめぐる物語を次々に披露するのだが、それはひとつの逸話に凝縮され、読者は自身の人生を凝縮する逸話を選ぶなら何になるかと思いを巡らせる。

 (2)は、いずれも「橋」をモチーフとする魅力的な四篇(ぺん)で構成されている。育児に取り組む現代の男性、幻想世界での織姫と彦星(ひこぼし)の寓話(ぐうわ)、近未来で妊娠も出産も人工化された国、地方に暮らす高齢者夫婦、と設定は自在に変わるが、どの主人公も、人生を陰に陽に支えてきた物語が自身にとって束縛でもあったことを悟る。その閉塞感(へいそくかん)は同時に、橋を渡った先には別の物語が待っているという希望にもつながっている。

 短編小説の名手の作品を選(え)りすぐった(3)は、アメリカの中流階級の生活を主な舞台として、人生の物語が崩れてしまう人々を描く。どの登場人物も、自分の人生を何らかの物語で脚色し、生活は秩序立っていても、ふとしたきっかけで噴き出す混沌(こんとん)や暴力に直面する。一家代々の別荘であれ閑静な住宅地であれ、どこでも世界が脆さをあらわにするのなら、自分の人生はどこにあるべきか。それは、文学はどこまで人生に意味を与えられるのかという問いでもある。=朝日新聞2025年1月11日掲載