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「比較のなかの韓国政治」書評 民主主義が定着した後の「後退」

評者: 前田健太郎 / 朝⽇新聞掲載:2025年01月18日
比較のなかの韓国政治 (単行本) 著者:浅羽 祐樹 出版社:有斐閣 ジャンル:政治

ISBN: 9784641149540
発売⽇: 2024/12/06
サイズ: 13×18.8cm/364p

「比較のなかの韓国政治」 [著]浅羽祐樹

 昨年12月に尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が戒厳令を出し、国会が弾劾(だんがい)案を可決して以来、韓国政治は大混乱に陥っている。一体、何が起きているのか。幸い、今回の事態を見越していたかのような本が出版された。その分析は、日本における韓国政治の論じ方を大きく変えるだろう。
 本書は、制度論の観点から韓国政治を読み解く。日本では不可解に見える現象も、韓国の政治制度の下では一定の合理性を持つと考えるのだ。日本では、韓国はルールを守らない国だとされることも多いが、そう見えるのはゲームのルールが違うからにすぎない。
 例えば、戒厳令を出した際、尹大統領は国会で多数派を占める野党の横暴を理由として挙げたが、そもそもの問題は大統領と議会の任期が異なることにある。両者の選挙が別々に行われると、国会で与党が過半数を確保するのは難しくなる。また、近年の歴史認識問題をめぐる日韓対立は韓国の裁判所の決定を契機とすることが多いが、これは韓国における司法の役割の大きさを反映している。権威主義体制時代の法律を現行憲法に合わせて正すべく、憲法裁判所は毎月のように違憲・憲法不合致の決定を下す。弾劾の行方も、憲法裁判所の判断次第だ。
 だが、本書は別の面でも、日本の韓国政治論を一新するのではないか。なぜなら、本書は韓国を先進国として描いているからだ。今回の戒厳令の背景には保守派と進歩派の対立という要因があるが、本書ではそれに加えて、ジェンダー平等の進展に反発する若い世代の男性の保守化や、SNSを通じた政治の分極化にも触れている。日本では韓国を民主化の不十分な国だと見なす傾向もあるが、韓国が直面しているのは、むしろアメリカのトランプ現象のような、既に定着した民主主義の後退なのだ。その意味で、本書は今回の事件を理解するだけでなく、韓国という国への認識を改めるための最良の手引となるだろう。
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あさば・ゆうき 1976年生まれ。同志社大教授。共編著『韓国語セカイを生きる 韓国語セカイで生きる』など。