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「ソーンダーズ先生の小説教室」書評 魂を込めて向き合った人気授業

評者: 小澤英実 / 朝⽇新聞掲載:2025年02月08日
ソーンダーズ先生の小説教室 ロシア文学に学ぶ書くこと、読むこと、生きること 著者:ジョージ・ソーンダーズ 出版社:フィルムアート社 ジャンル:文芸作品

ISBN: 9784845921294
発売⽇: 2024/09/26
サイズ: 3×19cm/600p

「ソーンダーズ先生の小説教室」 [著]ジョージ・ソーンダーズ

 まさかこの本で自分が泣くとは思わなかった。表向きは、現代アメリカ文学を代表する作家が若い書き手にむけて行った、大学の人気授業をまとめたもの。だが、ただのハウツー本ではない。20年にわたる授業をとおして、短編小説を書くこと、読むこと、教えることに魂を込めて向き合いつづけた結果、どの作品についての語りも、生きることについての思索そのものと化している。
 本書のために新たに訳しおろされた、チェーホフやトルストイら19世紀ロシアの文豪の七つの短編があり、実作者かつ奇想とユーモアの名手であるソーンダーズによる、作品への愛と敬意にあふれた独創的な解説がある。「出版デビューできる作家とできない作家のちがいは?」「芸術の存在意義とは?」「人生という小説の本当の結末とは?」といった核心に迫る問いがあり、ゴーゴリの作品世界にホロコーストの恐怖との近接をみる鋭い読みがあり、「たしかにこれはクズ山だが、私だけのクズ山だ」など、つい線を引きすぎてしまう名言や、「可もなく不可もない地元の博物館にいくときのような義務感から読む小説」なんて噴き出さずにいられない比喩の数々がある。
 「問題のある小説は、問題のある人間のようだ」と著者は言う。小説には、人間と同じで長所も短所もある。そして人間の場合と同じく、作品の力はかかわる他者、つまり読者との関係性に宿る。本書の作品分析には、読み手しだいでこれほど作品が輝くのかと驚かされ、自分の読みの浅さに恥じ入った。
 「小説は対等な二者間の実直かつ緊密な会話だ」という著者の信念どおり、作者が人生を賭けて作品を磨きあげ、読者が自らを投じてそれを覗(のぞ)き込むとき、作品は生きることの真実を映し出す。小説を書き、読むという営みは、貴重な人生の時間を費やすかいがこうもある――それこそ著者が身をもって示す、胸を打つ教えだ。
    ◇
George Saunders 1958年生まれ。米国の作家。シラキュース大教授。『リンカーンとさまよえる霊魂たち』でブッカー賞。