子育て本はいつの時代も売れるジャンルだが、本書が特に支持されているのは、単なる経験談ではなく「教育経済学」という学問的基盤に立脚しているからだろう。政策評価の最前線で活躍してきた著者が、子どもの将来を左右する要素を統計データから読み解く試みは説得力がある。
やりぬく力や対人スキルといった「非認知能力」の育成が長期的成功に大きく寄与することや、「第1志望校で最下位」と「第2志望校で上位」のどちらが有利かという進路選択問題など、興味深いテーマが満載だ。印象的なのは、スポーツやリーダーシップ経験が将来の収入向上につながるという分析や、親の時間投資と子どもの成長の関係性についての考察だ。これらはどれも親としての意思決定に直結する実践的な知見だ。
なぜ今この本が受け入れられているのか。少子化で子どもに注ぐ親の期待が高まる中、「科学的に正しい」子育てへの渇望が強まっているからではないか。限られた時間と資源で最大の教育効果を得たい――そんなコスパ・タイパ志向の現代社会と親和性が高い。また、SNSで拡散される玉石混交の育児情報に対して、信頼できる指針を求める気持ちもあるだろう。
計量分析の専門家として一言添えるなら、個人の体験に基づく育児法より研究に裏打ちされた本書のアプローチには明らかな優位性がある。しかし同時に、統計的傾向が自分の子に必ずしも当てはまるとは限らないという不確実性も忘れてはならない。エビデンスを知りつつも、子の個性に合わせた柔軟な対応が求められる。
本書は子育て世代だけでなく高校生にも読んでほしい。その内容は単なる子育て指南を超え、社会科学における実証研究の面白さと有用性を伝える優れた入門書にもなっている。
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ダイヤモンド社・1980円。24年12月刊、7刷8万部。担当者によると教育熱が高いエリアで売れているという。「育児にどれくらいお金と時間をかければよいのか、判断基準を提示できたことが喜ばれたのでは」=朝日新聞2025年4月26日掲載
