
ISBN: 9784771038981
発売⽇: 2025/02/20
サイズ: 21.7×1.9cm/248p
「ハンナ・アーレントと共生の〈場所〉論」 [著]二井彬緒
深遠な哲学を語り高邁(こうまい)な理想を説く思想家の著作を読むたびに、思う。不可解で理不尽だらけの現実を目にしたら、哲学者は何と言うだろう?
一番にそう問うてみたい哲学者が、ハンナ・アーレントである。在独ユダヤ人としてホロコーストを逃れ、難民となり、シオニズムを支持し、パレスチナ人とユダヤ人の共生を謳(うた)った彼女が、現在進行中のガザでのいつ終わるとも知れぬ大量殺戮(さつりく)を見たら、何を言うだろう。著者に本書を書かせたやむにやまれぬ思いを、冒頭の一文が端的に表している。「思想研究はこの苦境に対して何もできないのだろうか」
パレスチナでのユダヤ人のための政治体建設を推進したことを捉え、彼女がイスラエルの植民地主義性に目を瞑(つぶ)っている、との批判は、確かにある。だが、著者はアーレントの「バイナショナリズム論」にあえて着目する。ユダヤ人とパレスチナ人がパレスチナの地で共生し、どちらかの「民族」を主とし他を少数派に追いやる国民国家ではなく、「連邦国家」を築き、直接参加型評議会制による民主主義を遂行する。
そこで著者が光を当てるのが〈場所〉だ。追放されたり、先住民を追い出し入植したりする〈場所〉。他者と「対面で直接顔を合わせて意見を交換できる」〈場所〉。さらには、「ユダヤ人の存在自体を完全に抹消」して、みえなくする〈場所〉。
だからこそアーレントは、暴力を容認してでも〈場所〉に可視化されるものとして「現れ」るために、「ユダヤ軍」創設を支持した。パレスチナ人にではなく、ナチス・ドイツに対して。
読み進むにつれ、これらの言葉は、今まさに「不可視化」され、〈場所〉から追われるガザ住民に向けたものではないか、という錯覚に陥る。
それだけではない。共生の〈場所〉が必要なのは、日本の我々も同じだ。地図にない〈場所〉を希求する人々を描く吉田秋生へのオマージュが、それを示唆する。
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ふたい・あきを 東京大大学院総合文化研究科助教。専門は政治思想、社会思想史。本書が初の書籍となる。