1. HOME
  2. 書評
  3. 「ブラック・カルチャー」書評 絶望のなかの「生」を支える営み

「ブラック・カルチャー」書評 絶望のなかの「生」を支える営み

評者: 高谷幸 / 朝⽇新聞掲載:2025年05月24日
ブラック・カルチャー──大西洋を旅する声と音 (岩波新書 新赤版 2061) 著者:中村 隆之 出版社:岩波書店 ジャンル:社会学

ISBN: 9784004320616
発売⽇: 2025/04/22
サイズ: 1.1×17.3cm/256p

「ブラック・カルチャー」 [著]中村隆之

 「ブラック・ミュージック」は、ジャズやソウル、R&Bなど、アフリカン・アメリカンを主な担い手とする音楽として知られている。本書は、こうした音楽を文化的基層としつつ、アフリカに由来をもつより多様な文化を「ブラック・カルチャー」と呼び、そのルーツと今日までの展開をたどる。
 音楽のほか文学、ミュージアムと幅広いジャンルに目配りし、また扱うトピックも、源流としてのアフリカの声と音の文化から、文化の盗用という現代的課題まで多岐にわたる。ブラック・カルチャーの起源と広がりを知る格好の手引書だ。
 しかし本書は、入門書としての位置づけにとどまらない。むしろブラック・ディアスポラ(離散した民)の歴史と結びついたブラック・カルチャーの意味と可能性を探求する点にその核心がある。具体的には、数世紀に及ぶ奴隷船の旅が結びつけた、大西洋を挟む大陸・島嶼(とうしょ)間の関係を捉える環大西洋的視座から、その過酷な旅を生きのびた人びととその子孫が新たな地で創り出してきた豊かな文化実践を論じる。
 それらの実践は、アフリカへの「帰還」を通じたルーツの再構築、読み書きの習得による奴隷たちの声の文字による再現など奴隷貿易・奴隷制の歴史の再解釈と切り離せないものだった。それはまた、ブラック・パワーやブラック・スタディーズへと展開し、国際機関や旧宗主国を巻き込んだ脱植民地化の取り組みにもつながっている。
 著者は、このようなブラック・カルチャーは、それを形作ってきた「黒人」たちの痛みと苦しみを知る努力を通じ、「黒人」を超えた〈関係〉のなかで共有されると示唆する。「絶望のなかでも生きのびていく希望を与え」てきたこのカルチャーは、集団の垣根を越え、これからも人びとの生を支え続けるだろう。人間を非人間化する行為が繰り広げられる今日の世界で、ブラック・カルチャーはそれとは別の未来を照らす灯火のようだ。
    ◇
なかむら・たかゆき 1975年生まれ。早稲田大教授(仏語圏文学)。著書に『環大西洋政治詩学』、共訳書に『黒人法典』など。