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「誰のために 何のために 建築をつくるのか」書評 「力強い美しさ」現出させるには

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2025年05月24日
誰のために 何のために 建築をつくるのか 著者:伊東 豊雄 出版社:平凡社 ジャンル:アート・建築・デザイン

ISBN: 9784582544817
発売⽇: 2025/04/17
サイズ: 12.4×18.4cm/176p

「誰のために 何のために 建築をつくるのか」 [著]伊東豊雄

 伊東豊雄さんの「誰のために 何のために 建築をつくるのか」という設問はそのまま、僕の絵画に対する疑問でもあります。
 伊東さんの「世の中に建築はない方がいい」という発想は、絵などなくても生きていけるへ連結して、面倒臭く、自分の、天下国家の、人類の、なんて考える前に、創造の霊感を与えてくれた存在こそが、伊東さんの言う「非現実の世界に踏み込もうとする」そのことが重要で、その時、神殿で鈴を手に巫女(みこ)が神に奉納する自然のままの無為と化す徳によって、初めて伊東さんは唯物的近代主義思想を超えた「力強い美しさ」の生命力、埴輪(はにわ)(大阪・関西万博EXPOホール)の美を現出させたのです。
 建築も絵画もアイデア(観念)から生み出されるものはまだ近代主義思想に留(とど)まっています。観念から生まれる美は頭脳の知が求めるものであって肉体から生じたものではない。肉体という自然を通過して、初めて「人と人を結ぶ」「居心地の良さ」の建築が達成されるのです。
 また、「現実の向こう」といえば想起されるのが能。設計は能の「橋掛かり」を往来する仕事と指摘し、この時、建築家は旅のワキ(生者)として、シテ(霊)と出会うことで、創造世界に這入(はい)っていく。現実と非現実の往還行為を伊東さんは無重力と例え、宙に浮かぶ建築を空想する。
 また一方、天空を反転させたジュール・ベルヌの地底洞窟のような作品を伊東さんはすでに「地上の地下」空間として発表している。洞窟は僕を思わず霊的地球空洞説のアガルタ伝説へ誘導してくれるのです。
 建築も絵画も未完のまま居住者、鑑賞者を受け入れる。そして最後に伊東さんは、建築は「作家の姿が消えて自然の力が浮かび上がってくる」ものでなければならないと本書を結ぶ。芸術は個人から個という普遍性の領域へと消滅して完成されるのです。
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いとう・とよお 1941年生まれ。建築家。主な作品に「せんだいメディアテーク」など。プリツカー建築賞を受賞。