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阿刀田高「90歳、男のひとり暮らし」 にじむ愛と寂しさにほろり

 悪い癖なのだが、本を開いてまず目次を見る。私が心惹(ひ)かれるものからページを開く。本書では、迷うことなく「間奏曲です」に目が行った。「間奏曲」とは何ぞや、と気になった。

 案の定、奥様についてである。最初に小さなエピソード。一緒に出掛けたカリブ海で、ホテルの売店で水着を買って5メートルほど泳いだ話だ。「とりあえずは、このくらいしか書けない、書きたくない」という文に胸を衝(つ)かれた。奥様はレビー小体型認知症で2年前から施設に入り、車いすの生活。要介護4。週に1度会いに行く。そして2025年、その慶子さんの容体が急変して亡くなった。「慶ちゃん」と呼ぶと表情が動いたように見えたが……。

 私が慶子さんを最後に見たのは朗読の会だった。阿刀田さんが講演し、声優さんと慶子さんが朗読した。演出家の鴨下信一さんに習っていたようだ。体調はどうだったのか。彼女を元気づけようと、阿刀田さんが気配りをしていたのか。

 阿刀田さんは淡々とひとり暮らしを始める。「九十歳 手料理いたします」では、若いころの経験が役立っている。物理的、精神的パターンができている。

 阿刀田さんの場合、20歳で結核を患って、どうにもならないことがこの世にあると知った。私も小学2、3年のころ結核で寝ていたので、よくわかる。たまにルーズさや怠け癖の形をとるが。それを実に率直に表現する心地よさ! 国会図書館に勤められたせいか表面的には実に几帳面(きちょうめん)で、日本ペンクラブの会長としても国際大会を仕切られた。

 今回、人間は結局一人であり、死とは無なのだ、ということを悟った90過ぎの一人の男の率直な述懐を聞いた。亡き奥様への愛とオマージュ、寂しさがしみじみとにじみ出て、年齢の近い私は思わずほろりとさせられたのである。=朝日新聞2026年3月21日掲載

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 新潮選書・1870円。25年9月刊、7刷3万5千部。担当編集者は「高齢男性が一人暮らしのありようを等身大に書いた本は少ない。特に90代をどう迎えるかを探る70代に響いたようで、『親に贈った』とのお便りもいただく」と話す。