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「脇阪克二のアイデア箱」書評 可愛いものに込めた表現の心得

評者: 石井美保 / 朝⽇新聞掲載:2025年05月31日
脇阪克二のアイデア箱: つくりながら日々暮らす 著者:脇阪克二 出版社:小学館クリエイティブ ジャンル:アート・エンターテイメント

ISBN: 9784778038892
発売⽇: 2025/04/11
サイズ: 14.8×21cm/192p

「脇阪克二のアイデア箱」 [著]脇阪克二

 このデザイン、見たことある! 本書のカバーを彩るカラフルで可愛い車たち。フィンランドのマリメッコ社を代表する意匠の作者は、脇阪克二さん。その足跡を彼の作品と言葉で辿(たど)る一冊だ。
 一九六八年、単身で北欧に向かった二十四歳の脇阪さん。自作の絵を抱えて、マリメッコ社の門を叩(たた)く。創業者のアルミ・ラティアが彼の絵に惚(ほ)れ込み、なんと採用。制作にあたって求められたのは、「BE YOURSELF(自分自身であれ)」ということだけ。でも、それが難しい。スランプに陥った脇阪さんに、アルミはこう告げる。「今のあなたは空っぽ。私たちには、どうすることもできない」
 なんて厳しい! でもそれは、彼女の誠意と愛情でもあった。失意の脇阪さんは、一人旅を経てBE YOURSELFの意味を悟る。自分は自分以外の何者でもない。ただ、描きたいものを描けばいいのだ――。
 数年後、脇阪さんはニューヨークへ。テキスタイル・デザイナーとして活躍しながら、一人親として子育てに奔走する。やがて帰国して、制約のない創作の自由を得た彼は、自分の表現はむしろ「枠」の中でこそ活(い)きるということに気づく。枠とは、「自分にとって他者であり、社会であり、世界であったのだ」。
 表現の世界で「自分は何者なのか」と悩む若い人に向けて、脇阪さんはこう語りかける。まずは身近な誰かのために、できることを探してみてはどうだろうか。あなたのBE YOURSELFは、そんな枠の中で見つかるかもしれない。
 八十歳を迎えた脇阪さんにとって、描くことは暮らしの一部であり、救いでもある。「つづけること、それ以上でもそれ以下でもない」。それは制作者の心得であり、生活者の態度であり、学びの道にも通じる言葉だ。
 可愛いものは、侮れない。それは生活の真ん中にある大切なもの、譲れないものの結晶であり、原点でもあるのです。
    ◇
わきさか・かつじ 1944年京都・西陣生まれ。デザイナー。03年に辻村久信、若林剛之の2氏と「SOU・SOU」創立。