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「すしを極める」すし作家・岡田大介さんインタビュー 釣った魚の握りずしから郷土寿司まで、“本当に旨い食べ方”は?

すし作家の岡田大介さん=江藤海彦撮影

多様なすしの姿、さらに美味しく味わうために

――すしといえば一般的には高級品。お店ではちょっと緊張することも多いと思います。そのすしを“極める”というタイトルは挑戦的で期待が高まるのですが。

 いやいや“極める”だなんておこがましい、大層仰々しいタイトルで恐縮です。すし職人は一生修行ともいいますし、僕もまだまだ人生かけて極め続けていきたいという所存です。その熱意と覚悟を表して、自分の今までの知識と経験を詰め込みました。同業者が読んでも面白いと思ってもらえるように作ったつもりです。

 

――岡田さんは、以前に絵本「おすしやさんにいらっしゃい!」(岩崎書店)も作っていますよね。

 僕は様々な魚を釣ってすしにするブログをたくさん書いているんですが、それを読んでくれた編集の方が、面白いから本にしてはと声をかけてくれました。副題に「生きものが食べものになるまで」と書いてあるんですが、すしって水と塩以外、全部生きているものから作られているんですよね。当たり前のことなんですけど、すしを通して命をいただくことの大切さや感謝の気持ちを伝えたい。これは万人に伝えたいことなんですが、まずはこれからを生きる子どもたちにと思って、絵本になりました。

 この絵本はすごく好評でいくつか賞(第27回日本絵本賞、第69回産経児童出版文化賞 JR賞、第68回青少年読書感想文全国コンクール 小学校低学年の部 課題図書)をいただいて、それがきっかけで多方面から声をかけてもらえるようになりました。

 

――今回の新書は、どんな経緯で書くことになったのですか?

 次に作った『すし本』(ビジュアルだいわ文庫)が、魚とすしダネを見開きで紹介する本でした。自分で魚を釣って、自分でさばいて、すしにして、オールカラーで紹介しました。たくさんの種類の魚を釣ってさばいた経験はすごく勉強になりましたし、すしとは何かを幅広く網羅してまとめた本になったのですが、1匹の魚とすしダネを2ページ内に納めなければならず、それがなかなか大変で。やればやるほど、もっと伝えたいことがたくさん出てきてしまったんです。

 そこで、今の自分が知る限りの多様なすしの姿を伝え、すしをさらにおいしく味わって欲しいという願いと、まだまだ掘り下げたい探求心が今回の本に繋がりました。

 

料理のことも魚のことも、全く知らなかった

――すし職人になったのは、家の事情がきっかけで、それまで全く料理はしなかったし、魚のことも全く知らなかった、と書かれていました。現在の活躍ぶりからは信じられないですが。

 料理の世界に入った理由は、高校生の時に母が亡くなり、家の中で料理をできる人が誰もいなかったからなんです。買い食いばかりしていたら、弟が体を壊してしまって。じゃあ僕が料理を作れるようになろうと考えました。

 自分たちは日本人だから和食を学ぼうと修業に入ってみたら、和食はさらに細かくジャンルが分かれていたので、あまり深く考えずにすしを選びました。そうしたら、とてつもなくディープな世界だったんです。若い頃は自分が早く一人前になれるように、とにかく必死で修業していました。

 

――今の岡田さんは、もはやすしの研究者といっても良いと思います。本書でも魚の細かな特徴から郷土寿司の歴史文化まで、幅広く深掘りしてすしの魅力を伝えています。そこまで熱中するようになったきっかけはあったのでしょうか?

 すしを深く掘り下げるようになったのは、独立してからです。自ら魚を仕入れるようになって、改めて自分は何も知らないことに気づきました。市場で魚を選ぶだけでは、結局本当のところは何も分からない。

 お客さんに食べ物を提供する以上、自分が扱う素材には責任があります。お客さんに素材の背景をリアルに伝えるために、やるなら徹底的にやろうと決めました。そこで全国各地の海へ行って漁師さんの船に乗せてもらい、現場で魚を理解するようになりました。

 

――釣りやスキューバダイビングもされてますよね。

 すっかり釣り好きみたいに見えていますが、もとから好きだったわけではないんです。ある時、店のお客さんが全員、鯛専門の釣り人だったことがあって。その人たちが「岡田さんは鯛釣ったことある?」と聞いてきて、そういえばないな、と。

 それまで釣りをしたことはあったけれど、釣った魚種はすごく少なかったんです。それで、よし、全部釣ろうって決心しました。いざやってみると、釣り人の目線で見る魚って、また違って見えるんですよ。

長崎の平戸で釣ったヒラスズキ

――どんなふうに違うんですか?

 例えば、仕入れで高級魚を買ってきたら、すごく大事に丁寧に扱って、薄―く切ったりする。でも釣りでその高級魚がたまたまたくさん釣れちゃったら、もっと大胆に冒険した使い方もやってみよう、となりますよね。そこで試してみたら、「あれ? こうやったらもっとおいしいぞ! 」という発見があったり、今までの常識が覆ったりすることも。

 ダイビングもお客さんがきっかけで始めたんですが、魚の生きて泳いでいる姿を見ると、また新たな学びがある。違う目で見るからこそ気付くことがたくさんあって、視野が広がるんですよね。できれば料理人は生産の現場に行って、育てるなり、釣るなり、自分で体を動かすことは大切だなと改めて思いました。

――そんな幅広く貪欲な探究心が、すし職人にとどまらない「すし作家」誕生に繋がったのですね。

 子どもたちの暮らしを考えて福岡へ移住したのですが、酢飯屋の店は東京なので2拠点生活になりました。その頃からもっと自由な働き方ができないかと模索していて。もともと僕の店は紹介制で、一般的なすし職人よりちょっと変わった働き方をしていたので、漁業関係者をはじめ色々な人から相談を受けていたんです。面白そうだなと思って協力しているうちに、コンサルのような仕事に繋がっていったり、講演や教室を依頼されたり、仕事が多岐に広がっていきました。

 本も書くようになって、子どもたちには「お父さんは何をやっているの?」と言われるようになって(笑)。それで、すしをベースにいろんなことを自由にやっている人を表現する言葉を考えてみたら「すし作家」になりました。

私たちがよりおいしくすしを食べるには

――本では、握りずしの専門技術を多角的に深掘りしているほか、郷土寿司についても詳しく紹介されていて、地方のユニークな食文化としても読み応えがありました。すし職人で郷土寿司まで手を広げる人はほとんどいないように思いますが、その魅力とはなんでしょうか? 

 すしといえば握るもの、という固定観念がありますが、歴史的には発酵した熟鮓などがもともとのルーツで、握るすしはまだ新しい。でもなぜか握らないすしを探求している人は少なくて、僕以外だと食文化の研究者とかになっちゃうんです。でも自分は料理人なので、郷土寿司を再現できるところが強みかなと思います。地方で学んだものをアレンジしてお客さんに出すと、珍しいしすごく喜んでくれることが多いです。

 そもそも郷土寿司って絶滅危惧種なんですよ。作る人の高齢化で、早く学んでおかないと、誰も後を継がないうちに消えてなくなってしまうものがたくさんある。本では特に稀少なものから優先的に紹介しました。

 ローカルだからこそ生まれた食の知恵には、大いに刺激を受けます。その土地の歴史文化をまた一歩深く知るきっかけになり、新しいすしのアイデアの源泉にもなります。すし好きな人には、郷土寿司のことももっと知ってもらいたいですね。

 

お酢の代わりに、お酒でごはんを漬け込む鹿児島市の郷土寿司「酒ずし」

――岡田さんはフルーツ、きのこ、海藻など、なんでもすしにしています。本書ではその様子が楽しく紹介され、すしの歴史や文化、技術を探求するだけでなく、常に新しいチャレンジを続けていることがとても興味深く感じます。

 すしの定義ってなんだと思いますか? 同業者の間でも、度々議論になるのですが、僕なりの定義は「米を使った酸っぱいもの」。だから食材ならなんでもすしにできると思っています。命あるものは全て素材になる。

 最近は、海藻の研究・栽培で新しい食文化を作ろうと試みている「シーベジタブル」で海藻の開発もしています。それまで僕は魚のことはだいぶ熟知してきたけれど、同じ海の中にあるのに、海藻のことは全く知らなかったんです。日本の近海には1500種類以上の海藻があるそうですよ。まだまだ未知の領域が多く、可能性が大きく広がっています。

――私たちがよりおいしくすしを食べるにはどうしたらいいでしょうか?

 なぜマグロは高いのか、ウニは高いのか。それぞれには理由がある。マグロって釣るだけでも大変です。自分が容易にできないことには、お金を払う価値があると思っています。現場を体感すると、素材を大切に扱うようになり、大切に食べる気持ちが勝手に湧いてくる。そういうことはできるだけ伝えていきたいですね。

 魚が海から上がってすしになるまでに思いを馳せ、その価値を知ることでよりおいしさは増してくる。食べることに心を集中して味わえる。すしって何も考えなければ、ほんの10秒くらいでパクっと食べてしまえるんですが、例えば30秒くらい時間をかけるつもりで食べてみてください。すぐ飲み込まず、素材を感じながらゆっくり噛み締めることで別のおいしさが出てくるんですよ。本当です。

 あとおいしいと思ったら、職人さんにちゃんと伝える。なんならビール一杯くらい奢ってみる。ほんのささやかなことですが、すし職人もやっぱり人間ですから、心が通じればモチベーションも上がるし、もっとさらに良いものを作って差し上げたいと思うもんです。

――すし作家として、今後何か挑戦したいことはありますか?

 うーん、特に大きな目標は立てていないです。というのも、まだ全然やり切れていないんですよ。僕は1つの魚を潜って見る、釣る、撮影する、色んな調理をする、すしにする、文章に書く、というのをひと通りやって1つの研究が完結すると思っています。それを今までの本でも紹介してきましたが、まだまだ世界中には未知の魚がたくさんあるし、野菜や海藻もって考えたらとても終わりがない。

 肉もすしにできるから、実は牛を一頭買いして研究しているんです。もうキリがないんですが地道にやり続けたい。それが楽しいんですよ。きっとその先には何かがあるんだろうと思うんです。

 紀元前辺りにすしが誕生して、今はこうなっていて、500年後、1000年後はどうなっているのか。タイムマシンがあるなら全部知りたいですね。すしへの好奇心、探究心は常にずっとあります。そういえば自分がまだ酢飯屋をやる前、すしの素晴らしさを世界中に広めたいと思って「すしの伝道師」と名乗っていたんですよ。今思えばお恥ずかしい限りですが。僕はすしの魅力を少しでも世の中に伝えて、すし業界全体が盛り上がることが嬉しいんです。だからまだまだ極めていかないといけないですね。

好書好日の記事から

岡田大介さんの絵本「おすしやさんにいらっしゃい! 生きものが食べものになるまで」 1貫にある、ものすごい魂