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山中恒「ぼくがぼくであること」 わくわく設定に容赦のない本音

 できればこの本を紹介したくなかった。当欄「子どもの本クラシックス」には規定があり、取り上げるのは故人の作品に限られている。今年三月、児童書の世界の偉大な先輩、山中恒が亡くなった。

 『あばれはっちゃく』『おれがあいつであいつがおれで』等、少年少女たちを熱狂させた山中作品は数知れない。中でも本書『ぼくがぼくであること』は、その醍醐味(だいごみ)(斬新な発想・噓〈うそ〉のない子ども像・胸躍る展開)が最も鮮やかに凝縮された一冊に思える。

 主人公は小六の秀一。子どもを意のままに支配しようとする母の下、重苦しい毎日に耐えていた彼は、ある日、ひょんなことから家出をする。移動手段はトラックの荷台。ところが、その運転手が道中で轢(ひ)き逃げをしたのを知ってしまい――と、こうして冒頭を綴(つづ)っているだけでもわくわくしてくる設定だ。「トラックの荷台で家出」は子ども共通のドリームである。

 さらに、到着した町で、秀一は老人と少女が二人暮らしをしている家に身を寄せるのだが、なんと、その家には武田信玄の秘宝にまつわる古文書が眠っているらしい。古文書。これまた卑怯(ひきょう)なほどのときめき泥棒ではないか。

 かくも牽引(けんいん)力に満ちた本書だが、注目したいのは、この家出による秀一のビフォア・アフターだ。強がりながらも常に母親の言いなりになっていた彼は、心の中に「いつでも帰れる第二の家」を持つことで劇的に変わる。真に強くなった彼はもはや強がる必要も、親にとって都合のいい子でいる必要もない。ぼくがぼくであること。物語が衝撃的な結末を迎えたのち、このタイトルの意味するところがじわりと胸に広がっていく。

 それにしても、なんと楽しく、そして、なんと厳しい作品だろう。久しぶりに本書を再読し、改めて感嘆した。作者の筆は大人にも子どもにも一切容赦がない。きれいごとを許さない。ごまかしも許さない。そこにあるのは本音のみ。だからこそ読み手もまた作中人物たちと共に本気で笑い、本気で怒り、本気で涙を流せるのだ。(作家)

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 岩波少年文庫・924円。69年に実業之日本社から刊行、01年に岩波少年文庫。『おれがあいつであいつがおれで』は映画「転校生」の原作。ほか、戦時教育を再現する「ボクラ少国民」シリーズなど。=朝日新聞2026年52日掲載