これまで数々の少年少女を魅了し、「少年探偵団ごっこ」に駆り立ててきた小説がある。言うに及ばず、江戸川乱歩の少年探偵シリーズだ。
名探偵明智小五郎VS怪人二十面相。この稀有(けう)なるキャラクター同士の知恵合戦や、随所に配された謎、スリル満点の対決シーンなど、本書の読みどころは数多い。が、若い読者の心を鷲(わし)づかみにした最大の決め手は、少年探偵団の小林団長にあるのではないか、と私は見ている。
リスのごとく敏捷(びんしょう)で、りんごのような頰をした小林君。勇敢で賢く、BDバッジなどの七つ道具を巧みに操る小林君。戦災孤児たちからも「小林のあにい」と慕われている小林君。彼が登場するたび、おどろおどろしい小説世界にポッと明かりが灯(とも)るのである。明智探偵がいかに優秀でも、二十面相がいかに超人でも、子どもの目には、所詮(しょせん)おっさんだ。自分たちと年端の変わらない少年が、おとな顔負けの大活躍をすればこそ、若い読者は安心してこの世界に耽溺(たんでき)できたのではないか。
しかし、おっさんも負けてはいない。とりわけ、明智の鼻を明かさんと突飛(とっぴ)な変装を重ねる二十面相の奮闘は涙ぐましいほどだ。お化けコウモリ。骸骨紳士。夜光人間。その変幻自在ぶりは枚挙にいとまがないけれど、私の一推しは、25巻の『空飛ぶ二十面相』に登場するカニ怪人だ。巨大な蟹(かに)型の頭をした怪人で、出現時には前触れとして蟹の大群が現れる。もはやイリュージョンの域だろう。
無論、どんな怪異にも仕掛けがあり、それを明智探偵や小林君が冷静に解き明かすところに本書の真髄(しんずい)があるのは言うまでもない。最終巻となった26巻の『黄金の怪獣』に至るまで、江戸川乱歩は足かけ27年にわたって「科学と論理で証明できないことはない」と読者に伝え続けた。昭和11年に始まったこのシリーズが、「日本は神の国」「最後は神風が吹く」などの幻想を人々に植えつけた戦争による約10年の中断を経ていることを思うと、それは乱歩にとって真に切実なテーマであったにちがいない。(作家)
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複数の版元から刊行されているが、往年の装丁画や挿絵を使っているのは、ポプラ文庫クラシックシリーズ(全26巻)・572~638円。雑誌「少年倶楽部」などに、1936~62年にかけて掲載された。=朝日新聞2025年6月7日掲載
