子どもの頃、築100年近い古い家に住んでいた。隙間風はすごいし、照明の規格が古すぎて裸電球の部屋もあったし(笠を弟がヨーヨーで割ったせいだ)、梅雨の時期に天井からキノコが生えてきたこともある。新しいかっこいい家に住んでいる友だちがうらやましくてたまらなかったけれど、一方で、物置の埃(ほこり)に覆われた箱から女王様がかぶりそうな(と子どもの私は思った)帽子が出てきたり、何に使うのかわからない道具や、誰かもわからない人の写真、隅っこの壁にあった謎の「おんちんよ」という落書きなど、おかしなものがいくらでも出てきて退屈とは無縁だった。花の形の古ボタン一つで、いつまでも想像を巡らせた。
たかだか築100年未満の家と、1120年に建てられた英国のマナーハウスを比べるのはおこがましいけれど、『グリーン・ノウの子どもたち』を最初に読んだ時、幼い頃あれほど私を魅了したものが何だったのか、少しわかったような気がした。
新しい母になじめず孤独を感じていたトーリー少年は、冬休みを過ごすため曽祖母の住む田舎の大きな屋敷にやってくる。初対面にもかかわらず曽祖母は「とうとう、帰ってきたわね!」と彼を迎える。美しいゆり木馬、柳の枝の鳥かご、鍵のなくなってしまった古い箱、「一本一本、毛がわかるくらいにこまかく彫ってある」木のネズミ。ネズミは触ると、不思議と熱を持ったように感じ、いるはずのない馬のいななきを、トーリーは確かに聞く。やがて彼は、肖像画に描かれている300年も前に死んだはずの子どもたちと出会うのだ。
屋敷にある家具や置物や庭の木など、すべてに過去の残響が宿っている。過去は現在の中に溶けこんでいるのだ。その重層的な時間を感じた時、トーリーは自分の居場所を発見する。作者ボストンは自分の屋敷を舞台に、62歳からこの作品を書きはじめた。ゆり木馬もネズミもすべて実在するそうだ。いつか訪れるのが夢だけれど、もし馬のいななきが聞こえたら……? 少し怖い。(翻訳家)
◇
亀井俊介訳、評論社・1650円。著者(1892~1990)は英国の児童文学作家。本書は全6作の「グリーン・ノウ物語」の第1作。4作目の『グリーン・ノウのお客さま』で英カーネギー賞を受けた。=朝日新聞2026年4月4日掲載