- 似鳥鶏『みんなで決めた真実』(講談社)
- 潮谷験『誘拐劇場』(講談社)
- 石川智健『エレガンス』(河出書房新社)
凄(すご)い時代が来たものである。陰謀論や排外主義に親和的な政党が、国政選挙で大躍進した。しかも元党員の過去の発言として「メロンパンを食べたら死ぬ」などといった荒唐無稽極まる主張が報道されている。こんな時代に、確実な証拠と論理によって真実に迫るミステリーというジャンルは、いかに立ち向かえばいいのだろうか。
似鳥鶏『みんなで決めた真実』の背景となるのは、事件の捜査から犯人の逮捕、そして裁判までが生中継され、エンタテインメントとして享受されている社会。番組の主役は、事件を推理するばかりか裁判をも実質的に仕切る「名探偵」だ。法学部の学生・悠人は、実家の近所の住人として子供時代から親しんでいたじいちゃんと一緒にその番組を観(み)ていた。ところが、じいちゃんは「名探偵」の推理は間違っていると指摘する。
「名探偵」の出鱈目(でたらめ)な推理が支持され、犯人扱いの無実の人間までもが(執行猶予がつくし、その後は「元犯人」という立場でテレビ出演できるので)それを否定しない。ということはつまり、事件の真犯人は野放し状態だ。法曹やテレビ局の暗黙の了解のもとで国民が受容しているこの巨大なイカサマを、悠人とじいちゃんが論理で突き崩そうとする過程が、空気に流されやすい大衆心理を浮上させるあたりがスリリングだ。
大勢の民衆から支持される政治家が、もし噓(うそ)を真実と言いくるめる天才だったとしたら――潮谷験『誘拐劇場』はそんなことを考えさせる。滋賀県大津市で小学生の麻薬摂取事件が発生した。警察の薬物犯罪撲滅キャンペーンに起用された俳優の師道一正は、自ら真相を見抜いてみせ、やがて政界に転身する。
薬物事件での名探偵ぶりで人気を獲得した師道だが、彼に疑いの目を向ける者たちもいた。実は彼こそ犯罪の黒幕ではないか、と。しかし、元俳優だけあって師道は非凡な演技力を具(そな)えており、簡単には尻尾を摑(つか)ませない。彼の素顔は善か悪か、そしてどうすればその演技を崩せるのか、読者もまた最後まで翻弄(ほんろう)され続ける。
政治家の誤った主張に国民が熱狂する時、戦争すらも起きかねない。石川智健『エレガンス』は、太平洋戦争の時代を背景としている。主人公は、実在した警視庁写真室所属巡査・石川光陽と、「吉川線」で知られる鑑識の第一人者・吉川澄一である。
戦争末期、東京でも空襲が相次ぎ、誰もがいつ死ぬかわからない状況だが、それでも犯罪は起こり、警察官はプロとしての知識と技術でそれに立ち向かう。戦争の悲惨さの極みと、生き延びることの尊さを全力で叩(たた)きつけてくるラストは圧巻であり、ミステリーの形式だからこそ語り得た反戦小説となっている。=朝日新聞2025年8月27日掲載