金原ひとみさん 呪詛はぜんぶ文芸にぶつけて昇華。「離婚した日もエッセイに」(第18回)
【今回のテーマ】 あの時、伝えておけばよかった別れ際の言葉
「わたしの日々が、言葉になるまで」はMCの劇団ひとりさん、WEST.の桐山照史さんとともに多彩なゲストが、日常に抱く感情の言語化を試みる番組。今回は、シンガーソングライターの吉澤嘉代子さん、俳優の倉科カナさん、そして金原さんをゲストに迎え、「あの時、伝えておけばよかった別れ際の言葉」について探求しました。
この番組の面白さとはなんでしょう。
「ふつうに生活している中で、この感情がどんな言葉で表せられるかなんて細かく分析することはあんまりないですし、小説に印象的な表現が出てきても、ヤバいな、と思うくらいでさらさら読みとばしてしまう。この表現のどこがどうすごいのかを、ちょっと距離をとったところから分析的に見つめるっていうのが、とても面白いです。この番組でしか使わない脳の部分がある気がします」
芸人さんや俳優さん、シンガーソングライターのかたなど、違うフィールドのかたの言語観に触れる面白さもありますよね。
「そうですね。町田その子さんの『宙ごはん』(小学館)の一節『いつかあたしはあんたを〇〇し、あんたはきっと飢えてしまう』の空欄をみなさんと考えたのですが、吉澤さんが『箱飼いし、』って答えたんですよ。相手を箱に閉じ込めて、ご飯をあげないで飢えさせると。そんな発想を持っているのがすごい! 以前、木村カエラさんと共演したときにも感じたのですが、歌詞を書く人って、同じ言葉を使う職業でも小説家と言葉の発想元がぜんぜん違う。とても刺激になりました。
それから、前々回の『日々こと』が〈地元に帰ったときの気持ち〉だったのですが、東京生まれの私には郷愁みたいなものがなにもなくて。〈ふるさと〉ってある種のファンタジーだと思っていたんです。でも、みなさんの故郷についての思いを聞いているうちに、解像度が少し上がった気がします」
吉澤さんがインタビューで「原風景はみんなにあるものだと思っていた」と、故郷にピンと来ていない金原さんに驚いていましたよ。金原さんには原風景はないんでしょうか。
「わたし、5歳まで自殺の名所で有名なマンモス団地に住んでいたんですよ。そこで母が『最近自殺が多いから柵がつけられたのよ』って話していたシーンをなぜか記憶しています」
それは……なんとも不穏な原風景ですね。
今回のテーマは「あの時、伝えておけばよかった別れ際の言葉」。金原さんは恋人と別れた後に「あの時、もっと罵倒すればよかった」と後悔したエピソードをお話されていましたね。小説『YABUNONAKA―ヤブノナカ―』でもなかなか離婚できない女性や、別れた相手に性的搾取されていたと告発する女性がでてきますが、後悔しない別れのために言葉ができることとは。
「ふだんからよく話をすること、でしょうか。相手が何を思っているのかを聞き、自分の考えも伝え、相手と自分の距離感や違いをそれなりに把握しておくと、その後に起こることも納得感が出ると思うんですよね。言葉を怠るようになると、自分の中でどんどん消化しきれないものが溜まっていくので。話し合いができない状況なら、日記でもSNSでもいいからとにかく言葉をアウトプットしておくのがいいと思います」
これまで、思っていることを言い尽くせた別れってありましたか。
「うーん、恋愛の別れに関してはないですね。けれど、私の場合はそれを全部小説に書くので最終的には気が済むんです。これまですべての後悔や怒りを小説に書いて昇華してきました」
それは小説家じゃない、ふつうの人でも真似できますか。
「おすすめですよ。呪詛の言葉をノートに書き殴ってもいいし、自分たちの出会いから別れまでを物語形式で書いたりしてもいいし、直接的な書き方が嫌ならファンタジーにしてもいい。すると、二人の関係がなんだったのか、この怒りはどこからきているのか、自分の中で認識しなおすことができるんです。やっぱりその渦中にいるときって、頭も回らないし、口も回らないので、相手にぱっと言い返せないじゃないですか。けれど、そのあとにひとり、じっくり書いてみることで、自分の受けた傷を捉えなおし、昇華させることはできるんです」
番組では、金原さんの離婚の話題も出ましたが、やはりそのときにも、書くことがセラピーになったのでしょうか。
「念願の離婚だったので、成立した時点で超すっきりしたんですけど(笑)、離婚が決まった日、お祝いに駆けつけてくれた編集者の人に『世界が輝いて見える!』『初恋みたいにドキドキしてる!』と話したら、それ書きましょうよと言われて、『ニコール・キッドマンの初恋』(「新潮」2025年1月号)というエッセイを書きました。離婚が成立したときのニコール・キッドマンの写真とされているミームがあって、ミュージカル並みに躍動感のあるニコールがめちゃめちゃ解放された顔で映っているものなんですけど、離婚したいって悩んでいた時に『早くこれになってくださいね』って編集者がその写真を見せてくれたんです。ああ、とうとう私、あれになったんだ!って。エッセイにすることで、嬉しさと新たなる生活への期待がより高まりました」
現在、すばる文学賞、文學界新人賞、新潮新人賞で選考委員を務める金原さん。落選作への選評も別れ際の言葉と言えるかなと思うのですが、惜しくも受賞には至らない最終候補作品の選評を書くとき、気をつけていることはありますか。
「絶対にその人の創作意欲を削がないこと。私は褒めて伸ばしたいタイプなんです。もう褒めだけで育てたい。このぐらい力のある人ならこういう修正ができるだろうと思ったら、改善できる点を伝えるし、こういうものを書いたらとか、こうしたらよくなるんじゃないかとか、その先の希望が持てるような選評を心がけています」
そのスタンスは子育てにおいても同じでしょうか。
「そうですね。娘たちのいいところを見つけたらすぐ言葉にします。見つけなくても毎日『かわいい! 最高!』って言ってます。それはやっぱり、自分もそうされるのが好きだからでしょうね」
「日々こと」はSNS世代のみなさんに言葉の魅力をもっと知ってほしいという願いが込められた番組です。若い人の言語観についてどう感じていますか。
「自分の子供たちを見ていて、今の子供たちには、私たちの世代にはなかった風通しの良さがあるなと思うんです。どこかあっけらかんとしていて、気持ちがいい。『YABUNONAKA』は性的搾取をした50代の元文芸誌編集長の木戸の語りから始まり、40代、30代、20代……といろんな世代の語りを書いていったのですが、木戸たち中年のパートは書いていてすごく重たかったんですよ。時代の鬱屈の積み重ねが頭にのしかかってくる感じで。でも若い人のパートになればなるほど、書くのが楽しくなりました。それでラストも、清々しさや風の通る感じで終わりたいと10代のある女の子を登場させました。蛇足になるかもしれないと悩みましたが、ゲラで読んでみて、やっぱりこれでよかったんだと思いました。若い人たちの言葉には新しい希望があるし、そこに耳を傾けられる大人でいたいと思います」
【番組情報】
「わたしの日々が、言葉になるまで」(Eテレ、毎週土曜20:45~21:14/再放送 Eテレ 毎週木曜14:35~15:04/配信 NHKプラス https://www.nhk.jp/p/ts/MK4VKM4JJY/plus/)。次回の放送は9月27日(土)20:45~。