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志村貴子さん「そういう家の子の話」インタビュー 当事者としてさまざまな宗教2世の思いに丁寧に向き合う

©志村貴子/小学館

自分の胸のうちを明かす作品を描きたかった

――2022年、安倍元首相銃撃事件で殺人罪などで起訴された山上徹也被告。母親が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に多額の献金をして生活がはたんし、「教団と関わりが深い安倍氏を狙った」と供述したことから、日本の宗教2世の問題が大きく注目されました。そうした社会の動きと、宗教2世の日常を描く本作が今描かれたことも、決して無関係ではないだろうと私は考えています。
 志村さんご自身が宗教2世であることを明かされていますが、まずは『そういう家の子の話』を描いたきっかけを教えていただけますか。

 どうして描こうと思ったんだろうと、自分でもずっと考えているんですよ。2023年にSNSで私自身が宗教2世であることを初めて打ち明けた時に、これはやはりエッセイや自伝の形ではなく、マンガにしたいなと思いました。マンガを描く作業って、自分の思考をまとめることに近いんです。「ああ、私ってこういうことを考えていたのか」とネーム(※マンガの下書きのようなもの)を切っている時に初めて気がつくこともよくあります。私にとっては必要な作業なんでしょうね。
 描いて楽になりたかったのかもしれないし、「救われたい」という気持ちもどこかにあった気がします。その一方で、「苦しい経験をしたわけではなかったのに、私は一体何から救われたいんだろう?」という疑問もあります。いろんなことを思いめぐらせた結果、描いてみようと決めました。

©志村貴子/小学館

――以前描かれた『淡島百景』という作品にも、宗教2世のキャラクターが登場しましたね。

 それが『そういう家の子の話』のプロトタイプになりました。あの時点では自分が宗教2世だということはまだ誰にも打ち明けられない状態で、「このことは墓場まで持って行こう」と考えていました。エピソードを描いてはみたものの、自分の子供の頃を思い出しちゃってモヤモヤして……。でも感想は知りたかった(笑)。エゴサーチをしたら、うちと同じ宗教の家の子が「自分の話かと思った」と書いていたんです。その言葉が忘れられなくて、「いつか自分の胸のうちを明かす作品を描きたい」という思いがくすぶっていました。

――宗教2世であることを隠されていた期間も長かったんですね。SNSでは「こんな告白をするのにも50年近くかかってしまった。ようやく家族に『ごめん、もう本当に無理です』と伝えられたのが30を過ぎてからだ。嫌だと思いながらそれを笑い話のネタに身近な人たちにぶっちゃけることも出来ず隠し通して生きていくのだと思っていた(だから漫画の中には度々題材としてまぶした)」とも投稿されていました。

 本当に、すごく蓋をしてきた部分でした。自分の家族を否定したくない一方で、恥じてしまう感覚を消せない。自分でもそれを認められない。父が亡くなった時も、当時の私は何かのきっかけで家の宗教がバレてしまうんじゃないかと怖くて、編集部からのお花などを固辞したんです。せっかくのお気持ちを無下にしてしまいました。なぜそれほどまでに必死で隠していたのか……。今もまだ囚われている部分があるので、これからマンガを描きながら掘り下げていけたらいいなと思っています。

©志村貴子/小学館

日常の視点で、一人ひとりの葛藤をすくいとる

――『そういう家の子の話』というタイトルにはどんな思いを込めましたか。

 たまたまそういう家に生まれて、それが「普通」だった子の話として宗教2世を描きたいと思ってつけたタイトルです。その辺にいるし、あなたのそばにもきっといる。

――特殊な人たちではなく、どこにでもいる人たちのひとりという描き方ですね。

 宗教2世であることをオープンにした後、それまでは手に取る勇気すらなかった宗教2世について書かれた本を立て続けに読みました。ただ、実際に暴力などの具体的な被害に遭われた方々の告白と自分の体験には、同じ宗教2世であってもズレがありました。フィクションにしても、教祖に祭り上げられるなどの怖くて刺激的な方向に少々偏っているように思えて……。だったら、私はもう少し日常にスポットを当てて、その中で一人ひとりが抱えている葛藤を描いてみようかと。

©志村貴子/小学館

――メインキャラクターの恵麻、浩市、沙知子の3人は、「玲瓏教会」という宗教を信仰する家庭に育った幼なじみです。20代後半になった彼女たちは、それぞれの宗教の向き合い方にもかなり温度差があります。恵麻は仏壇を処分し、浩市は宗教が理由で結婚を家族から反対されている。一方で周囲にすすめられるままに幹部になった沙知子もいます。

 私の状況は恵麻と似ていますが、家の宗教を受け入れている人/受け入れていない人を含め、できるだけいろんな立場の人を描きたいですね。私の実家は熱心な宗教一家でしたが、周囲には籍だけ置いている幽霊部員のような人もいました。宗教を賛美したいわけじゃないけど、こき下ろしたいわけでもない。できるだけニュートラルな視点で、いろんな立場の人たちの思いをすくいとりたいですね。ただ、今回はやっぱりバランスが難しいテーマだなと感じることも多く、悩みながら描いています。

――群像劇の形式が採られているのもそうした理由から?

 はい。群像劇が好きなんですよね。同じ状況でも、視点を変えると全然見え方が変わる。「ああ、こんな風に考えてたのね、この人は」っていうのを、物語を通して少しでも知りたいのかもしれません。 

©志村貴子/小学館

自分だけじゃないと思ってもらえたら

――恵麻の恋人である売れっ子マンガ家・大森のエピソードも心に残っています。「勤行(※お経を唱えること)はもはや自分にとって息をするのと同じ」だから止められないけれど、「宗教2世のオレは、宗教2世じゃないオレを知らない」と自分の中にブラックボックスのようなわからなさがある。あらためて宗教2世だからこその困難を感じたシーンです。

 自分で見定めて「この信仰を選んだ」という感覚がある人と、生まれた時から用意されている人では、まるで違うんだろうなと私も思います。すごく知りたい感覚でもあります。家の宗教から離れて神社仏閣などをまわった時に、初めておみくじをひいたりお参りをして、なるほどと思いました。信仰を自分で選択できるのは良いことだなと素直に思えたんですよね。そこでまた、2世の難しさを実感しました。 

©志村貴子/小学館

――今後作品の中でどのようなことを描きたいと考えていますか。

 何か明確な回答を示そうとしているマンガではないので、最後どこへ向かっていくのか自分でも不安です(笑)。でも、できるだけ丁寧に、自分とは違う考え方の人たちも含めて描いていきたいです。あとは1巻に、選挙前の勧誘をするように言われてブチ切れる女の子を描いたんですけど、彼女のことはいずれもっとちゃんと描きたいですね。

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――宗教2世の方々、あるいはそのそばにいる人たちに何かメッセージをいただけますか。

 言葉にすると陳腐になってしまうのですが、孤独を感じていた昔の私と同じような立場の人に、ひとりじゃないと伝えられたらいいなと思いながら描いています。もちろん宗教とはかかわりがない読者の方々に、一つの創作物として楽しんでいただくこともうれしいです。ただ、こういう家もあるんだなあと知ってもらえたら。

 

©志村貴子/小学館