俳句にも短歌にも現代詩にもなじめない、そんな人もひょっとして現代川柳なら――。現代川柳の豊かさを広めようと、川柳人の暮田真名(くれだまな)さんはこのほど現代川柳アンソロジー「ゆきどけ産声翻訳機」(左右社)を編んだ。100の名句と自分流の解釈を紹介する。「読み手が10人いれば目の付けどころも10通り。読者の内面も浮かび上がる。そのきっかけになれば」
川柳と言えば、新聞で紹介される時事川柳や「サラリーマン川柳」などが思い浮かぶ。暮田さんが盛り上げたいのは、「詩的、文学的なものを意図している、定型詩としての現代川柳」だという。
穂村弘さんの作品をきっかけに短歌を作り始め、大学では短歌サークルや俳句研究会に所属したが、どちらも思うように詠めなかった。1年のとき小池正博さんの川柳句集を手に取り、「こんなに面白いものを知らなかったなんて」と驚いた。
驚きを原動力に、句集「ふりょの星」(左右社)を発表し、入門書「宇宙人のためのせんりゅう入門」(同)を出すなど、現代川柳の普及に努めている。
はじめにピザのサイズがあった(小池正博)
痛いほどわかりますきみは猫脚(鳴海賢治)
ともに「ゆきどけ産声翻訳機」の収録作だ。「はじめに…」は「五・七・五」ではなく「七・七」だが、これも川柳の定型の一つ。
「『痛いほど…』は、こんな川柳を作りたいと思わせる作品。作者の鳴海さんは1939年生まれの青森の人ですが、句を介して東京生まれの自分も対話できる」と暮田さん。
人間に似てくるを哭(な)く老河童(川上三太郎)
川上は1891年生まれ。川柳と俳句の線引きは微妙なところだが、川上は「どこまでが俳句か、俳句の方で決めてくれ。それ以外は全部川柳でもらおう」という発言で知られている。「体系化が進んでおらず、権威もない。でも、知れば世界の見え方が変わってくる」と暮田さん。俳味とはまた違う川柳味を求め「いつも『川柳めがね』をかけて生活しているような感じです」。
今作をまとめるため膨大な作品を読んだが、まだ全容はつかめていないという。ただ、「どこかの偉い人だけがわかっている文学というのは嫌い。人それぞれの作り方、読み方で現代川柳を楽しんでほしい」。
いけにえにフリルがあって恥ずかしい(暮田真名)
巻末に自作も紹介した。(藤崎昭子)=朝日新聞2026年3月4日掲載