ISBN: 9784106039263
発売⽇: 2025/05/21
サイズ: 19.1×2cm/304p
「外務官僚たちの大東亜共栄圏」 [著]熊本史雄
「大東亜共栄圏」という語を初めて用いたのは、松岡洋右である。1940(昭和15)年8月の外相談話だ。この語の生成過程、意味、秩序観などを、日露戦争時から追いかけ、外務官僚たちがいかにしてこの語に辿(たど)り着いたかを子細に描いたのが本書である。
ともすれば軍事膨張主義や政治イデオロギーによると見られがちな語だが、「外務省の理知的なエリート官僚たちが主導した構想」と見ることで、「新しい歴史像」が理解できるという。
時代を動かした外相や外務官僚の言動には、この語に収斂(しゅうれん)される要素があった。小村寿太郎の小村外交は、満蒙権益の確保を追求するが、そうした執着を大東亜共栄圏の「一里塚」と見る。1920年代の幣原喜重郎の満鉄中心主義は、大東亜共栄圏の排他性・独善性へと繫(つな)がったという分析も独自の観点である。
大東亜共栄圏という語は、満蒙、勢力範囲、新外交、東亜の禍根、興亜、東亜新秩序などの概念を吸収し包含するプロセスと言えると説く。
満州事変後に日本は国際連盟を脱退するが、その通告文で中国の「革命外交」を批判し、国際社会が日本外交を正当に評価していないと不満を述べる。さらなる不満の昂揚(こうよう)を示すのが、外務省情報部長・天羽(あもう)英二による「天羽声明」(34年)だ。著者は外務官僚が次第に後戻りのできない道筋を歩む様を書く。その論点は説得力を持っている。
本書で割合好意的に描かれているのは小村欣一(寿太郎の長男)の「満蒙供出」論だが、この命名は著者による。アメリカとの資本提携などを目指したが、大蔵省の反対で日の目は見なかった。文化事業を主にした精神的帝国主義の紹介も本書の魅力と言える。43年11月の大東亜会議の共同宣言に隠されている欺瞞(ぎまん)性にも着目している。
本書の構成は一見するとわかりづらいが、論点を浮き彫りにするには効果的で、それが本書の奥行きになっている。
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くまもと・ふみお 1970年生まれ。駒沢大教授(日本近代史、日本政治外交史、史料学)。『大戦間期の対中国文化外交』など。