うれしい復刊だ。15年前に48歳で急死した北森鴻(こう)の「屋上物語」が創元推理文庫で出た。デパートの屋上を舞台に、うどんスタンドを切り盛りする「さくら婆ァ」が謎解きをする全8編のミステリー。短編の名手と言われた北森だけあって、一編一編の切れ味はもちろんだが、屋上に織りなす人間模様はやがて一つのほろ苦い物語につながっていく。連作短編集のお手本のような作品だ。
北森は1961年生まれ。95年、鮎川哲也賞を受けた歌舞伎ミステリー「狂乱廿四孝(にじゅうしこう)」でデビュー。99年、「花の下にて春死なむ」で日本推理作家協会賞を受賞した。「屋上物語」もこの年の刊行で、以降も精力的に執筆を重ねた。2010年の突然の悲報には、もう新作が読めないのか、とがっかりした記憶がある。
令和になってから、北森作品は復刊が続いている。まずは出版社がバラバラだった「旗師・冬狐堂(とうこどう)」シリーズが20~21年、徳間文庫にまとまった。無店舗の骨董(こっとう)商「旗師」を主人公にした古美術ミステリーの傑作だ。同じ年には、ビアバーのマスターを探偵役にした「花の下にて春死なむ」に始まる「香菜里屋(かなりや)」シリーズ全4巻の新装版が講談社文庫から。昨年は異端の民俗学者を探偵役とする「蓮丈那智(れんじょうなち)フィールドファイル」シリーズ全5巻が角川文庫から刊行された。各シリーズの面々がしばしば他作に登場するのも北森作品の楽しみの一つだけあって、手軽に入手できるのは喜ばしい。
一方で「屋上物語」のようなノンシリーズにも趣向をこらした作品は多く、さらなる復刊が望まれる。現役時代を知らない若いミステリーファンを、きっと魅了するはずだから。(野波健祐)=朝日新聞2025年7月30日掲載