ドラマ「塀の中の美容室」主演・奈緒さんインタビュー 見守り、見守られて育む「人を信じる勇気」
――原作は「読書メーター 読みたい本ランキング」第1位を獲得し、その後刊行された同名コミックが第24回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞するなど、小説、コミック共に高い評価を受けていますが、読んだ感想はいかがでしたか。
これまでも刑務所内を描いた作品を見たことはありましたが、そのどれとも違う雰囲気とストーリーで、塀の中には私がまだ知らないリアルがあるのかもしれないと感じました。"刑務所"と聞くと、どうしても緊張感が走りますが、その中で何が行われていて、どういう人たちがいるのか…それをドラマで描き伝えることができる。それもまた、映像化の意義の一つだと思います。
――葉留が働く刑務所内の「あおぞら美容室」の雰囲気が想像よりも明るくて、これまでの塀の中を題材にした作品にはなかったような温かさを感じました。
刺激を求めるのであれば、脱獄や脱走劇のような作品もありましたが、本作は信頼を取り戻すための日々を重ね、社会に復帰しようとしている人たちがいて、それを支える刑務官の皆さんもいるという、これまではあまりメインで取り上げなかったところにスポットを当てていると思うので、何か自分たちにもできることがあるのではないかと考えるきっかけにもなる作品ですし、私たちの生活にも身近で、関わることができる世界なんだということをたくさんの方に知っていただきたいなと思いました。
――原作のモデルとなった岐阜県の笠松刑務所を訪れてみて、何か印象に変化はありましたか?
撮影に入る前に、共演している小林聡美さんや成海璃子さん、松本(佳奈)監督たちと「取材」という形で見学させていただいたのですが、刑務官の皆さんが受刑者の人の社会復帰や更生に向けて、こんなにも愛を持って見守っていらっしゃるのかと肌で感じました。前向きで希望のある場所として受け取ったので、それまでのイメージが変わりましたね。
実際の美容室は予約制で、カウンセリングからシャンプー、カットまで全部お一人で担当されているそうなんです。どこが普通の美容室と違うのか、この美容室ならではのルールがどれくらいあるのか、など分からないことが多かったので「あおぞら美容室」を作るにあたって、参考にしたいと思うことや聞きたかったことを事前に取材させてもらえて良かったです。
――ドラマは葉留の回想シーンも交えながら展開していきますが、葉留が罪を犯すまでの気持ちと、犯してしまってからの気持ちの変化をどのようにとらえて演じたのでしょうか。
葉留は過去にある事件を起こして塀の中で生活していますが、美容師という子どもの時からの夢が思い通りにはかなわず、悩みや挫折を味わいながらも、小さなことに幸せを感じ、日常をコツコツ歩んできた女性だと思います。その中でいろいろな選択があって、どこから間違ったのか分からないけど、気がついたら自分でも思っていなかったような罪を犯してしまった。その大きな後悔を抱えながら暮らしてきた人だと思うので、葉留がどんなことを大事にしていたのか、家族に対してどういう思いがあるのかを想像していました。
きっと彼女の人生の中で、罪を犯す前と犯した後では、人生のとらえ方と自分への向き合い方が大きく変わったと思います。そこを分岐点に、その前の葉留の人生と刑務所にいる数年間がどういうものだったのか、撮影していく中で気づくことがたくさんあったので、それを取りこぼさないよう必死でした。
――刑務官の菅生さんとの何気ない会話や適度な距離感が、葉留にとっては大きかったと思いますが、奈緒さんは葉留と菅生さんの関係性をどう感じていましたか?
一言で言うと、私は「見守る人」と「見守られる人」という関係性だったと思っています。菅生さんが直接は手を差し伸べない距離感で葉留を見守ってくれて、葉留も自分では気付いていないけど見守られる側にいるという関係性が、あの刑務所の中でできていたと思います。
このような距離感は、塀の外でも必要だと感じました。誰もが見守られるべき時期があり、時に自分が見守る側に回る、という関係は同じ社会に生きる以上、とても必要なことだと思います。なので、あの距離感は自分の実生活にも学びになりました。
――自分が見守られたことがあるからこそ、いつか誰かを見守る側になれる。その連鎖やつながりを感じました。
きっと菅生さん自身も、職務上、直接手を差し伸べられるわけではないから、これが葉留のためになっているという実感はないと思うんです。でも葉留を信じて「あおぞら美容室」のカウンターにいてくれる。他人を信頼するって怖いことだけど、自分や人を信じることの勇気が必要なのだと、菅生さんを見て思いました。
――撮影では、髪の毛も実際にカットしたそうですね。
やはりハサミを使うので、まずは安全を第一にと心がけていました。髪を切る時って、思った以上に人の顔の近くにハサミを持っていくのですが「こんなに緊張感があるんだ」と知り、そこがまず私の中で最初に越えないといけない心の壁でした。
葉留はハサミや刃物に大きなトラウマを抱えているので、自分が実際にハサミを持ってみて、それを乗り越えることがどれだけ大変だったか、なかなか想像できないくらいでした。なので、まずはその恐怖心を取り除くことと、お客さんに信頼してもらうことが葉留にとっては大切だったので、実際に髪の毛を切らせてくれるエキストラさんにお願いして、少しずつカットしながらひとつひとつの動きをゆっくり丁寧にしようと思っていました。
――伸びた髪の毛の長さの分だけ、その人の過ごした時間や思いがこもっているなと思うのですが、髪をカットしている時はどんな思いがありましたか?
人によって髪を切りにくる理由がそれぞれ違うので、そのお客様の思いをどれだけ自分が想像し、寄り添ってカットできるだろうかということが、葉留にとってひとつ大きな課題だったと思います。葉留が美容師を目指した理由は、髪を切ることが好きということと、髪を切った後のお客さんの表情が変わっているのを見るのが好きだからなんです。
自分がカットしている間にお客様にどれだけ寄り添えたか、自分の仕事が誰かのためになったのかが分かる大切な瞬間であり、緊張の瞬間でもあったと思うので、葉留にとっては、お客様の最後の表情一つひとつが胸に残る時間だったと思います。
――原作にはなかったと思うのですが、ドラマの最終話で葉留が走り出すシーンは、それまでためていた感情が初めて出たように感じました。
葉留は塀の外の世界に対して、少し怖い印象が知らず知らずのうちにあったと思います。刑務所という場所、特に私たちが見学に行った笠松刑務所は、受刑者が更生するために、社会復帰に向けて過ごすために、万全の態勢が取られていて、私が思っていた以上にいい環境でした。そういうところで数年間過ごして、外の世界に出た時の人の目や、また誰かに迷惑をかけてしまうのではないか、といろいろな恐怖が葉留を襲ったシーンだったと思うんです。
決して出所することがひとつのゴールではなく、新しい人生のスタートになるということをすごく感じましたね。だからこそ、塀の外にいる私たちに何ができるか、どういう態勢で待っていることができるんだろうと考えさせられるシーンでした。
――罪を犯した人がその後どう生きていくのか、そのために社会がどうすべきなのかを考えさせられましたが、奈緒さんは本作を通じてどんなことを考えましたか?
よく「世間が許す」という言葉があるけど、世間がするのは許すことじゃないと思うんです。「世間」が誰かも分からないけど、もしその「世間」にできることがあるんだとしたら、私は見守って受け入れることだと思います。許す・許さないというのは基本的に当人同士の問題だと思うし、葉留に関しては、彼女自身が外の世界に戻ることに対して、自分で自分のことを許せていない状況だったので、まずは外に出ていくための最初の一歩を踏み出せるか、それを受け入れられる社会のあり方を考えました。
――今作は、奈緒さんにとってどんな作品になりましたか?
とても勇気をもらった作品です。世の中には私が知らないこと、自分と違う世界に生きている人の存在、そして「みんな同じ空の下に生きているんだ」ということを感じられた作品でした。生きているだけで誰かのためになれるかもしれない、自分が社会の一部なんだということを、前向きに受け止められる作品だと思ったので、今は「私にできることなんてないかも」と、最初から諦めることだけはしたくないなと思うようになりました。
――以前、映画「陰陽師0」でインタビューした時は、哲学書やお医者さんが書いた本を読んでいるとお話ししていましたが、最近はどんな本を読んでいますか?
最近はまた小説を読んでいるんですよ。以前お話しした哲学書やお医者さんの本は、ひとつの答えを知りたい時に読むのに最適だったんです。そのバランスで、最近は答えをすぐに知るのではなく、自分で自分なりの答えを見つけたいなって思うことが増えて、その力を鍛えるには、やっぱり小説の方が自分で想像するし「どういう答えにたどり着けるのかな?」ということも含めて、自分と向き合う時間になるなと思いました。
今読んでいる『菜食主義者』は韓国の作家ハン・ガンさんが書いている小説で、韓国の友達と話している時に「何か面白い小説ある?」と聞いたらその本を教えてくれたので、日本語訳されたものを読み進めています。ある日突然、妻が肉食を拒否してベジタリアンになるという不思議な話ですけど、国によって表現の仕方が違うところがすごく刺激的で、想像力をかき立てられるし、作家さんの独特な表現で、きっと日本にはあまりない表現なんだろうなっていうところも含めて、すごく面白いんです。もちろん日本の小説もほかの国の小説も読みたいなと思い始めたところです。