ISBN: 9784560091623
発売⽇: 2025/04/27
サイズ: 18.8×1.6cm/200p
『ナチ時代のドイツ国民も「犠牲者」だったのか』 [著]高橋秀寿
今ほどドイツが問われている時代はない。戦後ドイツは、戦争責任や戦後補償において、「過去の克服」のお手本とされてきた国。だが、イスラエルのガザ侵攻に際して、多くの知識人は頑(かたく)なにイスラエルを擁護し続けた。ロシアによるウクライナ侵攻は批判してもだ。確かにここにホロコーストへの贖罪(しょくざい)意識を感得できるが、イスラエルが当事者なら、殺人にすら反対できないのだろうか。反ユダヤ主義の烙印(らくいん)に対する恐怖心が勝るのだろうか。今こそドイツを原点から理解し直すことが求められているのかもしれない。本書はまさしくその一助となる研究だ。
著者はまず戦後ドイツの姿勢に言及。ドイツ人は絶滅収容所のガス室でユダヤ人の命を奪った。普通に考えれば、大量殺戮(さつりく)の張本人が犠牲者であるはずがない。とはいえ、ドイツ人全体がナチズムに熱狂していたのでもない。同体制下で弾圧され、亡命や収容所行きを余儀なくされた犠牲者は確かに存在した。
細心の注意のもと議論は進む。ユダヤ人と同じ犠牲者とされることで、加害者としてのドイツ人の罪は相殺されてしまわないか、「過去の克服」の理念に反しないか。以上を踏まえて筆者は、従来の加害者・犠牲者という二元論を退け、加害者・能動的犠牲者・受動的犠牲者という新しい分類を用いる。
ヒトラー暗殺未遂犯、白バラ抵抗運動、ソ連兵による性暴力の被害者、戦争トラウマを抱えて戦後を生きた被害者……。以上は、戦争の英霊や英雄(能動的犠牲者)と違って、戦後長らく正当に扱われることがなかった。しかし、1980年代以降、社会意識の変化を経て、徐々に歴史の主体として注目され、本書に至る(受動的犠牲者)。
犠牲者を多面的に理解しようとする真摯(しんし)なまなざしは、ガザ侵攻を深慮するのに資するだろう。ドイツ史の蓄積の上に立つ犠牲者観だからこそ、ガザ問題にも言及しうる力をもつと思うのだ。
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たかはし・ひでとし 1957年生まれ。立命館大特任教授。専門はドイツ現代史。著書に『再帰化する近代』など。