堀川真さんの絵本「あかいじどうしゃ よんまるさん」 車にとっての幸せ、考え抜いた
――「がろろーん ぐるるん がろがろーん」、大きなエンジンを響かせて走る、赤い自動車「よんまるさん」。農家夫婦の生活をずっと支えてきたので、古くてボロボロになったけど、でこぼこ道では本領を発揮し、ぐいぐい進む。ところが、夫婦に赤ちゃんができたことから、「よんまるさん」は手放されることに……。「よんまるさん」の行く末にドキドキする、堀川真さんの絵本『あかいじどうしゃ よんまるさん』。「よんまるさん」は、堀川さんが今も乗っている車がモデルになっている。
トヨタの「ランドクルーザー40系」で、「ヨンマル」と呼ばれ、愛好家もいる車です。実は、絵本作家のあべ弘士さんから譲り受けたものなんです。30年くらい前、旭川にある児童書専門店「こども冨貴堂」に出入りするようになったときに、あべさんと知り合いました。あべさんが、まだ旭山動物園の飼育係で、絵本を描き始めた頃です。あべさんから「車いらない?」って言われて、「ちょうだい」って譲ってもらいました。昭和57年に車検登録した車で、譲ってもらったときから、あちこち傷んでて(笑)。一時期、乗っていないこともありましたが、数年前からまた乗り始めました。絵本と同じように、穴が空いていたり、スピードがでなかったりしますが、今も元気に走ってくれています。うちでも「ヨンマル」と呼んでいますが、車名でもあるので、作品では親しみをこめて「さん」づけにしました。
福音館書店の編集者さんが旭川にいらしたときも、助手席に乗っていただいて、あちこち走っていたんですけど、あるとき編集者さんに「この車で絵本ができたらいいですね」と言っていただいたのが絵本にしようと思ったきっかけです。それから絵本になるまで10年くらいかかりました。
――最初に考えたお話は、古い車と新しい車が旅をするという物語。ところが、編集者の言葉で再考することに。
編集者さんから「これは、車じゃないといけないお話かしら?」って、言われたんです。考えてみたら、車じゃなくても、リスのおじいちゃんと子ども、人間のおじいちゃんと子どもでも成立する話だったんです。なるほど、そうだなぁと思って、別の話を考えることにしました。
その頃、知り合いで東南アジアに車を輸出している人がいて、うちの「ヨンマル」を廃車にするときはぜひ譲ってくれって言われたんです。ピカピカにして売るのかと思ったら、「トヨタのディーゼルエンジンは頑丈だから、現地の畑で水を汲み上げるポンプに使ったり、船のエンジンにしたりする」って言うんです。それを聞いて面白いなと思って、「引き取られた車が海を越え、バラバラになって、船に生まれ変わって元気で暮らしました」とか、「田んぼで水をあげてお米を育てました」、というようなお話に仕立て直しました。ところが、また編集者さんに「これは車にとって幸せなのかしら?」って言われたんです。おぉーと思いました(笑)。
――「車にとっての幸せとはなにか」を考え始めた堀川さん。そんなある日、姿を変えた「ヨンマル」と出会う。
北海道で、競走馬を育てる牧場がある日高地方を車で走っているときに、丘の上でボロボロになった「ヨンマル」が、牧草を積んで走っているのを見たんです。車は、ウィンカーやバックミラーなどの保安部品がないと公道を走れませんが、そういうのが全部なくなって、荷台しかないような車になっても、牧場で元気に働いていたんです。自分の乗っている車も、あんなふうに使われたらいいなと納得できて、車にとっての幸せは、車として全うすることなんだろうなと思いました。それで、「車として再生する」という話を考えました。絵本のお話をつくるというよりも、今、自分が乗っている車がどうあってほしいか、どうしたいか、どういうかたちで乗り続けられるといいのかを考えました。
――ボロボロの「よんまるさん」は解体され、新しい車になってよみがえることに。車が、車として“車生”を全うする姿を描いた本作は、子どもたちだけでなく、大人にも人気の作品となった。その背景には「ヨンマル」愛好者の姿もある。
「ヨンマル」は、今も大事に乗っている方がたくさんいます。僕は遠くて参加したことはありませんが、本州では「40 Meeting WEST」「40 Meeting EAST」という愛好者が集う会もあります。この作品が月刊誌「こどものとも」(福音館書店)に載る前、次号の予告として紹介されたときから、ヨンマルの思い出が書かれたお手紙をたくさんいただいています。「免許を取る前に、乗りたくて買った車でした」とか、「ヨンマルで北海道を旅しているときに夫と出会いました」とか。中には、泣く泣くヨンマルを手放した人から「作中で整備工場のおじさんに『よんまるさん』が引き取られ、運ばれていくシーンは涙なしでは読めません」という手紙もありました。
「ヨンマル」の設計に関わった方からもお手紙をいただきました。工業デザインを教える仕事をされている方で、最終講義の際に「自分が関わった車の絵本」として紹介したいと。「誠意を込めてやった仕事は、巡り巡って、思わぬカタチで自分のところに返ってくることがある」というお話をされたそうです。絵本は読む人がいろんな受け止め方をしますよね。小さい子どもでも、絵本のお話とは直接は関係のないところで、自分にとって大切なものを育てることができるものだと思います。僕が気づかないところで、この作品にはいろいろな魅力が散りばめられていたのかもしれませんね。
――本作には北海道らしい風景も描かれ、実際に「よんまるさん」が活躍している様子が伝わってくるのも、魅力のひとつだ。
東京に出版社が多いこともあって、どうしても東京の常識で描かなければならないこともあります。例えば、新聞配達をしている人を描くときに、北海道では車で配達していることが多いので車を描いたら「自転車かオートバイに描きかえてください」と、言われたことがあります。本作でも、乗らなくなった「よんまるさん」を畑の隅に置いて物置代わりにするシーンで、編集者さんから「これは不法投棄にならないですか?」って言われました(笑)。「こっちでは、自分の敷地内で、こういうことをしている人はたくさんいますよ」って、写真を撮って送ったこともありましたね。
最初のページに描いた灯油のタンクも、編集者さんに「これなんですか?」って聞かれたらどうしようって思っていました(笑)。消すように言われたらどうしようって。タンクの隣にある三角屋根の倉庫「D型ハウス」も、北海道にはよくあるものです。この絵本には北海道で暮らす僕らの身の回りにあるもの、当たり前の風景を盛り込んでいます。もっと北海道らしいもの、ここでしか描けないものを描いてみたい気持ちもあります。「雪遊び」や「除雪車」のお話を道外の方に描かれると、やられたなぁと思います。思うだけでなく、描いたらいいんですけどね(笑)。
――堀川さんは絵本作家として活動しながら、北海道名寄市立大学で、保育者を目指す学生に造形の授業をしている。
『母の友』(福音館書店・休刊中)で、工作の連載をしていたこともあって、「子どもと遊べる工作」を学生たちと一緒に考えています。工作に苦手意識がある学生が多くて、作ることは楽しいということを思い出してもらうところから始めています。子どもの頃はみんな作りたいものを作っているので、工作や絵を描くのが嫌いな子はあまりいないと思うんですけど、小学校、中学、高校と進むにつれ、自分が作りたいものと自分が作れるものが違ってくる、そのギャップから苦手意識につながっていくような気がします。それを払拭するために1年間かけて授業をしています。
卒業生に、神奈川県にある「人形劇団ひとみ座」に入った学生がいて、この春から『あかいじどうしゃ よんまるさん』を人形劇にして、上演しています。その学生が実際に人形を動かす一人芝居です。「先生の本で人形劇を作りたい」と言ってくれて、うれしかったです。まだ観れていないので、北海道に呼んであげないといけないですね。凱旋公演をしてもらえるとうれしいです。「ヨンマル」のように、絵本の「よんまるさん」もいろんな人に愛されてつながっていくといいなと思います。