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「たえまない光の足し算」書評 生きるため少女は「異食」で商う

評者: 青山七恵 / 朝⽇新聞掲載:2025年09月20日
たえまない光の足し算 著者:日比野 コレコ 出版社:文藝春秋 ジャンル:文芸作品

ISBN: 9784163920139
発売⽇: 2025/07/17
サイズ: 13.7×19.5cm/160p

「たえまない光の足し算」 [著]日々野コレコ

 「異食の道化師の目がなに色に輝いているかは、この深い闇のなかではよく見えない」。冒頭の一文から瞬く間に、現実の歪(ゆが)みをもいで継ぎあわせたような不可思議な光景が立ち上がる。巨大な時計台とそれを取り巻く螺旋(らせん)状の展望台、後ろに広がる黒い池。展望台で商売を行う少年少女に混じり「異食の道化師」を名乗るのは、病院のキッズスペースを渡り歩いて育った少女、薗(その)だ。
 十二歳のとき、薗は美容外科で「痩せたらなにもかもが変わる!」という広告を見て異食の道に突き進んだ。石、紙、プラスチックなど、食べ物でないものを何でも口にしてしまうのである。生物の理に背くこの習慣は、やがて生きるための商いとなった。展望台のフェンスに立ち、観客が投げこむものをのみくだすパフォーマンスで投げ銭を稼ぐ薗は、ある日「抱擁師」のハグ、「軟派師」の弘愛(ひろめぐ)と出会う。
 読み手の安易な共感を阻むのに、ぐいぐいこちらに攻め入ってくる言葉の勢いにたじろがずにいられない。青春小説、という括(くく)りに収まりきれない反撥(はんぱつ)力を持つ作品ながら、ここには確かに、一日一日を危なっかしく最大出力のエネルギーで生きる若者たちの姿がある。彼ら彼女らは、体一つで身を立て世界との接続口を探す。歪(いびつ)で不屈の職業倫理はぶつかりあい、もつれあい、少しずつかたちを変え、三人を消滅と残存の境目に立たせることになる。
 作中に漂う、どこか宮沢賢治の童話めいた独特の浮遊感にも油断ならない。バラバラな意味の束をむんずと摑(つか)む握力と、矛盾よりも曖昧(あいまい)を許さない潔癖。そこから放たれる言葉の群れはきらめき殺気立ち、いっときも読み手の頭を休ませてくれない。それなのに、元気が出てくるのはなぜなんだろう。この異形の物語をのみこんだあとには、子どもがおもちゃを齧(かじ)って揺すってぶん投げるみたいに、言葉でめちゃくちゃしてみたくなってくる。
    ◇
ひびの・これこ 2003年生まれ。作家。『ビューティフルからビューティフルへ』で文芸賞。本作で第173回芥川賞候補。