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映画「爆弾」伊藤沙莉さんインタビュー 「それが果たして正義なのか」謎の予言男は問い続ける

伊藤沙莉さん=junko撮影

(C)呉勝浩/講談社 (C)2025映画「爆弾」製作委員会

自分の正義感が揺れた瞬間

――伊藤さんは原作を読み進める手が止まらず、あっという間に読んだそうですね。

 爆弾や爆発をテーマにした作品は今までもありましたが、それ以上にセリフや会話劇が面白い作品だなと思いました。人の言葉は読みやすいので「何、このセリフの並び!」と、特にそこを楽しみながら読んでいました。それと同時にこちらに問いかけてくるものがたくさんあって、本の中で起きていることなのに何回もドキッとさせられました。それは爆弾に対するハラハラもそうですが、これまで「悪」だと思っていたことが本当に自分の中にはないのかと問いかけられている気がして、読み進めるのは怖いけど、先が気になって読んでしまうという好奇心もありました。

――特に心に刺さったセリフはありますか?

 たくさんありますが、スズキタゴサクの刑事たちに対する問いかけが核心をついていたり、みんなが見て見ぬふりをしているところを「ガッ」とつかんできたりするところは刺さりました。特に、類家に爆弾装置のボタンの話をするところはすごく好きで、タゴサクから「あなた押せますか?」と言われた類家が食らう言葉なんですけど「実際、自分がそうなった時はどうするんだろう」と、いきなり自信がなくなって自分の正義感が揺れた瞬間だったので、噛みつかれたようなセリフでした。

――本作のキーパーソンである「スズキタゴサク」にはどんな印象を持ちましたか?

 とにかく怖かったです。取調室は異様な空気で、タゴサクの動きや言葉、目線の全てが凶悪犯のそれじゃないかと思ったし、そこにいろいろなものが入り交じった感じを(佐藤)二朗さんが的確に演じていらっしゃいました。実際に映画で見るタゴサクと、倖田が乗り込んで対峙した時のタゴサクは、まとっている空気が全然違うんです。ある種、究極のところに行っている時のタゴサクにはかなり狂気を感じて、恐ろしかったですね。

――タゴサクと対峙したシーンでは、どんな気持ちで挑んだのでしょうか。

 倖田はあの時、タゴサクを倒しにいくくらいの気持ちで取調室へ乗り込んでいくのですが、私はどちらかというと「二朗さんに負けないようにしよう」という自分の俳優としての気持ちの方が勝っていました。倖田とタゴサクというよりは、二朗さんのあの狂気に怖じ気づかないようにしないと俳優として負けてしまう、と思っていたのかもしれないです。

「早くやりたい」と思った相棒とのシーン

――倖田とバディーを組んで一緒に爆弾捜索に奔走する矢吹との関係性をどう思いましたか?

 2人の掛け合いがコミカルで、お互いをちゃんと分かり合って知り尽くしているからこそ、合いの手のテンポ感もよくて、すごくいい関係性だなと思いました。原作も自分が演じる役を特に注目して読んでいたので「早く矢吹とのシーンをやりたい!」と思っていました。

 矢吹は本当に真っ直ぐで熱い男なのですが、冷静さに欠けるところがあるから、きっとそこを倖田がサポートしている部分はあると思います。作品の中ではあまり語られていない、同期の伊勢(寛一郎)との関係性があの2人の中でバックボーンとしてあって、矢吹は昇進して刑事になりたいという野心をみなぎらせているから、倖田としては手助けしてあげたくなる存在だったと思います。

 もともと矢吹を演じる坂東(龍汰)くんがすごく明るいハッピーボーイなので、常に緊迫感を保っているような現場ではなかったし、演技のプランについても「どうやったらやりやすいか、ここはこういう動きにした方がいいんじゃない?」と話し合ったし、倖田のことも親身になって考えてくれました。私の疑問は坂東くんが解消してくれた部分もかなりあったのでそこは救われましたし、相棒役が坂東くんで本当によかったと思っています。

圧巻の心理戦に見入ってしまう

――山田裕貴さん演じる警視庁捜査一課・強行犯捜査係の交渉人・類家とスズキタゴサクの心理戦は息をのみましたが、伊藤さんはあのやり取りをどう見ていましたか?

 あのシーンは時間と本題を忘れるくらい見入ってしまって、圧巻でしたね。いつどこで爆発してしまうか分からない緊張感や、タゴサクの話の何がヒントになっているんだろうと、自分も謎解きに参加してみたくなるような没入感がありました。あとは自分の職業病もあって「この役者さんたち、本当にすごいな」という気持ちでも見ていました。類家もタゴサクもたたみかけるようにしゃべるので、単純に「いつ息継ぎしているんだろう?」と気になって(笑)。それはまだ自分がチャレンジしていない表現法なので、役者人生の中でとても勉強になったし、一観客としてもかなり引き込まれました。

 皆さんそうだったのですが、特に類家とタゴサクは相当、自分にキャラクターを落とし込んでいないと、見ている人を惹きつけることができない役だと思います。ただセリフを速く言えばいいということではないし、山田さんが演じた類家のあっけらかんとした言い回しや、タゴサクに問い詰められても全く動じない強さみたいなところは、自分の中に軸が定まっていないと、絶対に音としてぶれると思うんです。タゴサクはどちらかというと割と劇的にやっているので、それを人間味のあるところに落とし込める(佐藤)二朗さんが素敵だし、キャラクターだけで一人歩きしていないのがかっこいいなと思いました。

――倖田を演じていて、どんな思いや感情がわきましたか。

 倖田が冷静さに欠けた瞬間は人間味があって、演じていて面白かったです。相棒の矢吹がきっかけとなって、前半と後半で全然別のフェーズになっているのが倖田にとってはすごく大きいことなんです。前半では、どちらかというと矢吹のコントローラーとしての役目があったし、警察官としての正義感や熱さがあったけど、物語の展開とともにそんな倖田ですらスイッチが入り、人を傷つけようとする気持ちが芽生えたので、純粋で真っ直ぐな人だからこそ、そちらに行ってしまいかねない危うさはあるなと思います。

――ある出来事をきっかけに、倖田はタゴサクのいる取調室に突入しますが、伊藤さんは倖田の行動に共感や理解できる部分はありましたか?

 そもそもヒーローものって、悪人がいてみんながワーッとやっつけるけど、それが果たして正義なのかと言われたら分からないし、その正解を持っている人っているのかなと思うんです。そこを追求していくと道徳や哲学みたいなところまでいってしまうのですが、誰もが正義と悪の両面を持っていて、いつそれがひっくり返るか分からない怖さや、実はみんな「何となくの正解や正義」で生きているんだなということを感じました。

私たちそれぞれが抱える「爆弾」

――タゴサクが類家に「私は悪ですかね?」と問いかけるシーンは、見ている側にもそのまま問いかけられているように感じましたが、その問いかけに対して、伊藤さんは今どう答えますか?

 私は悪だと思います。理由はどうであれ、やってはいけないことをしたから。みんなそこに抗って生きていることは否定はしないし、きっと、タゴサクにもいろいろなことがあってのことだったと思うから真実は分かりませんが。

――改めて、この「爆弾」というタイトルについてどう思いますか?

 本当に分かりやすくて明確なタイトルだし「爆弾」という2文字が並ぶだけでハラハラするので、不安をあおってくる言葉だなと思います。分かったようなことは言えませんが、意外と私たち一人ひとりにくくりつけられているというか、それぞれが抱えているものでもあるのかなと思うんです。

 私は知り合いに「会話が爆弾だね」って言われたことがあるのですが、会話を一人で持っていると爆発しちゃうから、ちゃんとみんなに投げないと危ういことになるという話を聞いた時に、すごく面白いなと思って。それと同様に、意外と日常に転がっているものなのかなとも思った経験があるんです。誰にだっていつ爆発してしまうものがあるか分からないので、そういう観点もなくはないのかなと思います。

スタイリスト:吉田あかね / ドレス¥737,000 ニット¥737,000 Mame Kurogouchi 0120-927-320 / イヤーカフ ¥25,300(左耳ゴールド) ¥29,700(左耳真ん中) ¥17,600(左耳下) ¥31,900(右耳) 全てPLUIE 03-6450-5777 / その他スタイリスト私物

――この作品を実写化した意義をどんなところに感じますか?

 小説や漫画は、自分の中で登場人物と役者さんに当てはめる方もいれば、本当に怖い人物として読む方もいらっしゃいますよね。その想像が実写化して実際にいる人になると、すごくリアルな世界として自分の目の前に広がって、実際に起きていることのように感じられると思うんです。

 例えば爆発のシーンの衝撃や迫力は、映像だと音でも聞こえることによってより伝わりやすくなるし、物語が実感として落とし込みやすくなるので、その分、見ている人への問いかけと客観性が濃くなって「他人事じゃない」の返り方が大きくなると思うんです。そこが映像化する良さであり面白さだと思っています。