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「GROWTH」書評 技術と市民信じた明るい経済書

評者: 有田哲文 / 朝⽇新聞掲載:2025年09月27日
GROWTH――「脱」でも「親」でもない新成長論 著者:ダニエル・サスキンド 出版社:みすず書房 ジャンル:世界経済

ISBN: 9784622098010
発売⽇: 2025/08/20
サイズ: 19.4×2.6cm/408p

「GROWTH」 [著]ダニエル・サスキンド

 「何より経済成長」「成長を未来へ」。自民党総裁選でそんな言葉が飛び交っている。政治家たるもの「成長戦略」の一つも語れなければ、国のリーダーたりえない。そうした光景は世界各地にあり、経済成長は政治の中心にでんと座っている。
 なぜこうなったのか。本書によればそれは、富をどう再分配するか、といったややこしい問題を考えなくてすむからだ。富める人も貧しい人も以前より豊かになれば満足するだろう、と。しかしいまや経済成長の代償は、かつてないほど大きくなっている。
 経済的な不平等はもちろん、自然環境の破壊、地域コミュニティーの荒廃、テクノロジーの暴走が進む。解決するには成長を止めるしかない。脱成長だ。そんな議論に進むかと思いきや、著者は踏みとどまる。脱成長とは要するに意図的に不況を起こすことであり、人びとを貧しくするからだ。医療や教育など基本的なサービスに手が届かなくなるかもしれない。
 ではどうするか。著者は成長への執着を薄めつつ、成長の利点も大切にする道を探る。なかでも新鮮なのが「方向づけられた技術変化」という提案だ。技術は社会の要請によって生まれる。だとすれば環境を破壊しない方向に、AIが人間を脅かさない方向に技術が進むよう、規制や税制、社会規範を駆使するべきではないか。
 著者が参考にするのが、コロナ禍でのリモート業務の拡大とワクチンの開発だ。技術や研究が感染対策という方向づけで花開いた。他の分野でも民主的な方向づけは可能だという。
 経済成長の歴史や学説を広く踏まえた理論書だが、真ん中を貫くのは著者の明るさだ。成長は有害だと強調する環境派の議論も、グローバリゼーションに背を向けるトランプ派の主張も、どこか暗さがつきまとう。著者はイノベーションの力や市民の自主性を信じている。久しぶりに、元気の出る経済書に出会った。
    ◇
Daniel Susskind ロンドン大キングス・カレッジ研究教授。テクノロジーが社会に与える影響を研究。