年々、太陽光を気にせず活動できる期間が減っていっている。こう書くと吸血鬼のようだが、暑さに弱いせいである。毎年、梅雨の辺りから暑い暑いと悲鳴をあげているが、今年は春の終わりからむわっと暑かった気がする。おまけに今年は梅雨明けが早く、夏と呼ばれる六月から八月は観測史上で最も記録的な猛暑だったそうだ。そして、九月に入っても三十度を超える真夏日が続いた。
一体いつまで夏なのだ。夏が他の季節をどんどん侵食していっている気がする。暑いと、引きこもりがちの私はますます引きこもってしまう。出かけてもすぐに疲れてしまい、用事を済ませられなかったり、暑さでぼうっとして忘れ物をしたりする。それが続くと外出に対してネガティブな気持ちが生まれ、出不精に拍車がかかる。この夏、親しい友人ですら会ったのは両の手で数えられるほどだった。これ以上、温暖化が進んだら私は人とコミュニケーションが取れなくなるのでは、と怖くなった。
今年は暑さだけでなく湿度も高かった。湿度が高いと不快指数が増すので、なんとなく人を避けがちになった一端のような気がしている。
九月に入った頃、押し入れや流しの下が黴(かび)臭くなった。気にはなっていたが、まさか梅雨じゃあるまいしとたかをくくっていたら、木のお盆や皿などにふんわりと黴が発生してしまった。すべての木製品を棚や引き出しから半泣きで出し、掃除をして黴予防を施した。しばらく陰干ししようと並べると、居間の床が埋まるほどあり驚いた。特にお盆は多く、大小あわせて四十近くあった。お盆はお茶や食事をする際に使うので集めてはいたが、並べて見ると圧倒される量で、自分のお盆への執着心の強さを感じた。雑誌のスタイリストが「お盆は結界」と言っていたことがある。物と物とを区切るもの、場所と場所を隔てるもの。夏の暑さや湿度が苦手なのは、なにもかもが溶け合い隔てがなくなるような気がするからだろうか。お盆を侵食した黴を心底憎みながら思った。=朝日新聞2025年10月8日掲載