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青山邦彦さん「ずっと工事中!沢田マンション」インタビュー 住人の暮らしに寄り添い“変身”し続けた軌跡を絵本に

『ずっと工事中!沢田マンション』(学芸出版社)より

現地に足を運び、建設の痕跡を読む

―― 企画スタートは7年前だそうですね。

 建築関連の本を多く手がける学芸出版社という京都の出版社で、社始まって以来初の絵本を作りたい、ということで声をかけていただきました。担当編集の岩切さんは『大坂城 絵で見る日本の城づくり』(講談社)を見て、私に声をかけてくれたようです。

 最初のアイデア出しでは、九龍城やサグラダ・ファミリアなど、私がどんな対象の図解に興味があるか尋ねられました。 結果、沢田マンションの建設プロセスを描く絵本にしましょう、という話になって。沢田マンションのことはそのときまで知らなかったんですが、ネット上のさまざまな情報や動画を見て、沢田夫妻が自力で作り上げた巨大マンションだとわかり、興味を持ちました。

高知県高知市にある巨大セルフビルド建築、沢田マンション=学芸出版社提供

 決め手になったのは、今回監修でご一緒した、一級建築士の加賀谷哲朗さんの著書『驚嘆!セルフビルド建築 沢田マンションの冒険』(筑摩書房)の存在です。大学院時代の修士論文がベースになっていて、緻密な実測図や聞き取り調査など、膨大な資料がすでにまとまって出版されていました。何より、沢田マンションへ非常に強い思いをお持ちだということが伝わってくる本でした。ほかにも、古庄弘枝さんがお書きになった『沢田マンション物語 2人で作った夢の城』(講談社)の存在も大きかったですね。沢田マンションや沢田夫妻の数多くの逸話や建設裏話が、丁寧な取材によってまとめられているんです。私は絵を描くことはできますが、このどっしりと読み応えのある2冊がなければ、沢田マンションを描きたい、描けるとは思いませんでした。

 その後、加賀谷さんに監修者になってほしいとお願いしました。著書には収録されていない沢田マンションの資料もたくさん持っておられて、毎回打ち合せにも参加いただき、手取り足取り助言をいただいて制作しました。加賀谷さんが監修としてかかわってくださったのは、とてもありがたかったですね。

2019年11月には、東京・西荻窪の書店“旅の本屋のまど”で、青山邦彦さんと加賀谷哲朗さんによる公開打ち合わせを実施。下書きに赤字を入れていく様子をリアルタイムでプロジェクターに映し出した。写真はそのとき参加者に配布された下書きZINE=学芸出版社提供

下書きに細かく書き込まれた修正の赤字や青字=加治佐志津撮影

―― 現地取材にも行かれましたか。

 2018年4月に、加賀谷さんと岩切さんと3人で行きました。取材前までに、加賀谷さんの著書に収録されている実測図をもとに、ある程度のラフを描いてはいたんですが、沢田マンションは予測不能なつくりなのでわからない部分が多いんですよ。なので、実物をいろんな角度から見るために現地に行きました。

 初めて沢田マンションを見たときの印象は、思いのほかヒューマンなスケールだなということ。もちろん、そもそもの建物はものすごく巨大なんですが……。この感覚は絵本作家になる前、建築事務所で設計の仕事をしていた頃にも味わったことがあるんですが、平面図には高さの情報がないので、天井高さの低い建物って、実物を見ると図面よりもかなり小さく感じるんですよね。全体が大きいからといって所在ない感じがするわけでもなく、親しみやすい空間だったのは意外でした。

2018年の取材時に撮影された沢田マンションの5、6階の一部=学芸出版社提供

 図面だけでは不明瞭だったことも、現場を見ることでかなり理解できました。絵本では建設プロセスを描くので、現存の沢田マンションを見てもわからないことのほうが多いんですが、継ぎ目の跡などを手がかりに痕跡を読むことはできるんですよ。排水溝がここを通っているから、この辺りが第1期工事と第2期工事の境目だろう、とかね。この絵本の主人公のおひとりで、沢田マンションを建設した沢田裕江さんご本人にもお会いして、ラフを見せながらお話を聞いたりもしました。
※夫の沢田嘉農(かのう)さんは2003年に他界

 その後、出版社側の事情でしばらく絵本の制作が止まってしまったんですが、コロナ禍を経て、一年ほど前から再び動き出すことになって。月1ペースでオンライン打ち合わせをしながら、さらに細かい箇所を描き加えていきました。

巻末には小ネタ満載の絵コンテも

―― オーナー夫妻である沢田嘉農さんと裕江さんが目指したのは「100家族が暮らせるくらい大きなマンション」。それを設計・施工から増改築まで自力でやってのけてしまうのだから驚きます。とにかく情報量の多い沢田マンションですが、それを32ページの絵本にまとめるのは大変だったのでは?

 絵だけでは説明しきれない小ネタ的な面白さも多いので、それをどう盛り込むかは企画当初からの課題でした。吹き出しで絵に解説を載せる案もあったんですが、それだと絵が情報で覆われてしまう。ページ数を増やすことも判型を大きくすることもできないということで、いろいろと相談した結果、小ネタはすべて巻末にまとめることになったんです。

 それで、沢田マンションができるまでのストーリーは扉と14見開きで終わらせて、巻末の3ページを小ネタ集としました。下書きを生かして絵コンテ風にしようというのは加賀谷さんの案で、小ネタを細かく書き込んでくれたのは岩切さんです。おかげで堅苦しい解説ページではなく、沢田マンションについてもっと知りたいと思った読者が楽しんで読めるページになったと感じています。

沢田マンションにまつわる小ネタがぎっしりと書き込まれた巻末の絵コンテ。『ずっと工事中!沢田マンション』(学芸出版社)より

―― 下書きをこのように掲載するのは斬新ですね。小ネタ集を巻末に全振りすることで、本文はすっきり見やすくなりました。巻末と照らし合わせながら見ることで、どの見開きがいつ頃の様子なのかもわかります。

 本文は、前半で鉄筋コンクリート造の建築手順を子ども向けにわかりやすく紹介して、読み進むにつれて沢田マンションらしさが出てくるような流れで構成しています。1階が完成すると、まだまだ工事途中にもかかわらず沢田家が住み始め、ほどなくして、ほかの部屋にも住人が引っ越してきます。工事する沢田夫妻のそばで遊ぶ娘さんたちの姿も描きました。

工事は継続中だが、住めるところから住んでいくのが沢田マンションの流儀。『ずっと工事中!沢田マンション』(学芸出版社)より

 絵本では1972年の着工から2004年までの32年間を追っているのですが、実は1992年に当時5階にあった沢田家が全焼する火事があって、沢田マンションにかかわる写真や資料が焼失してしまったんですね。なので特に前半については、実測図面を頼りに建築の知識を生かしつつ、想像で描いていった感じです。各場面に登場する工事車両や乗用車は、それぞれの年代で存在したデザインで描きました。

―― 何もなかった広い土地が掘り起こされ、基礎工事が進み、人が住むようになるまでの様子がよくわかって、ワクワクしますね。

 建築事務所に勤務していた頃、九州のリゾートホテルの設計・施工の仕事を任されて、1年ほど現地に赴任したことがあったんですね。そこで雨の日も欠かさず続けていたのが、現場のスケッチ。現場は一日として同じ状態ではなくて、刻一刻と変わっていくので、その様子をスケッチブックに描きとめていたんです。沢田マンションを描きながら、当時のことを思い出しましたね。

各部屋の間取りを断面で表現

―― 虫取り網を手に走る少年たちや玄関前の門松、屋上ではためく鯉のぼりなど、そのときどきの季節感まで描き込まれているのがわかります。

 季節の移ろいを表現しようと、餅つきするうさぎや節分の鬼なども描きました。冬なのにうっかり半袖姿の人を描いてしまって、長袖に描き直したなんてこともありましたね(笑)。沢田夫妻についてはどのページでも一目でわかるように、嘉農さんは一貫して赤シャツ、裕江さんはピンクのチェック柄のエプロン姿で描いています。

 1階にスーパーマーケット、5階に共同浴場があった時期もありますし、電話ボックスやコインランドリー、段ボールやスケボーで遊ぶ子どもたちの姿なども描いているので、隅々まで見て楽しんでほしいですね。

―― 特に描くのが大変だったのはどのあたりですか。

 沢田マンションの手前の田んぼや奥の森には苦戦しましたね。下書きはサイズ感がつかみやすいように原寸で描いたんですが、原画は下書きを1.2倍に引き伸ばして、それをトレースしてから描いていくので、結構細かいところまで描けてしまうんですよ。田植えをするように稲の苗を筆で一つ一つ根気よく描いていくのは、かなりの時間を要しました。

冒頭の工事が始まったシーン。このとき噴き出した水は、今も井戸として使われているとのこと。『ずっと工事中!沢田マンション』(学芸出版社)より

 あと、共用の廊下にずらりと干されている洗濯物も、色や柄を変えながら何枚も描かなくてはいけなくて、思いのほか大変でした。1992年の場面まであった鉄の柵も着彩に手こずりましたし……いろいろと挙げていくとキリがないですね(笑)。

 やっと描き終わったと思ったら、柵の形状が少し違うと指摘されて不透明水彩で修正したり、出版社から「もうちょっと味のある経年変化を表現してほしい」と言われて風合いを描き足したり植物を増殖させたりと、最後の最後まで細かな修正を加えていきました。 

―― 部屋の中を断面で見せている場面もあります。沢田マンションは全部屋、間取りが違うそうですね。

 各部屋の間取りは図面がすべてあったわけではないので、図面のある部屋はなるべく忠実に、ない部屋は想像で描いています。どこから換気しているのかなとか、結構狭いけどどうやって暮らしていたんだろうとか、想像しながら描き込んでいきました。廊下で宴会が開かれている様子も描きましたが、プライベート部分と共用部分が非常に近接しているのは沢田マンションならではの特徴ですね。

ひとつとして同じ間取りがないのも沢田マンションの特徴のひとつ。『ずっと工事中!沢田マンション』(学芸出版社)より

沢田マンションは夢を与える存在

―― 子どもから大人まで、沢田マンションを初めて知る人はもちろん、沢田マンションが好きな人や建築に興味のある人も楽しめる絵本になりましたね。

 今回は、私がこれまで作った絵本の中で一番、チームで作り上げた絵本という感じがしています。加賀谷さんは細かな質問にも毎回丁寧に答えてくださいましたし、調査で収集した過去のスナップショット、周辺の建物調査の記録など、とにかくたくさんの資料を提供してくださいました。特に1990年代に撮られた映像は、絵を描く上で大いに参考になりました。沢田マンションの建築プロセスを自分も絵で見てみたいんだ、という非常に熱い思いで監修にあたってくれていたので、私もそれに応えたいと思って自然と熱が入りました。

 編集の岩切さんも、資料の収集、テレビ取材映像の分析、巻末の絵コンテにびっしりと書き込まれた小ネタのトレースや制作過程を記録したタイムラプス動画制作など、この絵本のためにかなり手を動かしてくださいました。 

『ずっと工事中!沢田マンション』全場面 制作動画

―― 絵本が完成して改めて、青山さんが感じる沢田マンションの魅力とは?

 建築業界では、建築というのは建築作家による作品なんですね。だから現場では、先生の設計を死守せねばならないという設計側と、実際に手を動かす現場側の対立が生まれやすい。でも沢田マンションの場合、設計した本人が施工まで手がけていますから、すべて自分次第で、対立もありません。

 しかも建てた本人の自己満足に終わらず、住人に対する愛情をも感じさせるつくりになっています。建てたら終わりではなくて、もともと「人が住み始めてからが本番」という、つくり手であり住まい手でもある沢田夫妻や子どもさんたちの気概、責任感、暮らしを楽しむ姿勢に支えられているプロジェクトなのでしょうね。決して豪華でも洗練されてもいないけれど、住んでいく中でこそ感じられる魅力があふれている。沢田夫妻が人生をかけて、よりよい空間を求めていったことが伝わってくる建築だなと。

 沢田夫妻は沢田マンションを建てる前にも、いくつもの建売住宅やアパートの建築を手がけていますが、それらすべてが沢田マンションを作るための習作だったんじゃないかとさえ思えてきます。

完成した絵本を手に沢田裕江さんもにっこり=学芸出版社提供

 沢田マンションを見ていると、自分も何かスケールの大きな作品を描いてみたい、という気持ちになってくるんですよ。一朝一夕ではできないけれど、ほかでいろいろなことを試しながら、一生かけて徐々に、好きなように描いていきたいなと。『鉄腕アトム』を見てロボット工学の道に進む人や、『ブラック・ジャック』を見て医者を目指す人もいたと思うんですが、沢田マンションにもそんな影響力があるような気がしますね。沢田マンションは、これからもいろいろな人に夢を与える存在なのではと感じています。