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「アリ先生、おしゃべりなアリの世界をのぞく」書評 行動観察や解析の過酷とリアル

評者: 田島木綿子 / 朝⽇新聞掲載:2025年11月15日
アリ先生、おしゃべりなアリの世界をのぞく 著者:村上貴弘 出版社:扶桑社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784594101435
発売⽇: 2025/09/27
サイズ: 18.8×1.5cm/240p

「アリ先生、おしゃべりなアリの世界をのぞく」 [著]村上貴弘

 社会性を持つ生物は多く、人間もその一種である。それでも「個」より「群れ」で生きるアリには遠く及ばず、かけ離れた世界とはいえ、社会性とは何か?群衆で生きるとは何か?を改めて考えさせられる本だ。
 真社会性生物(集団中での分業や階級性が明確で、繁殖せず労働に特化した個体がいる)に分類されるアリだが、別種のアリの巣を乗っ取り「奴隷狩り」と呼ばれる略奪行為をするサムライアリや、女王とオスがそろって宿主にパラサイトするヤドリウメマツアリのような多様性に驚く。
 そして、サムライアリやヤドリウメマツアリが悪なのではなく、奴隷にされたりパラサイトされたアリともちつもたれつの関係にある生物の進化や適応に脱帽する。相互関係や社会のあり方を考えるうえで、人間が学ぶべきこともあるだろう。
 研究者になりたい、自然や生物を探求したいと希望する人の参考になる本書は、幼き頃より生物好きな著者がニワトリのハクショクレグホンと格闘した日々(私も小学校でハクショクレグホンに悪戦苦闘したため心から共感した)、ムツゴロウ(畑正憲)さんに魅了された話などに始まる。社会性を持つ生物に興味を抱き、パナマ、オーストラリア、スウェーデンなど世界をまたにかけたアリ調査行脚や、フィールドや実験室での行動観察や遺伝解析の過酷さやリアルな実態をエピソード満載で紹介し、臨場感を感じる場面も多い。
 フィールドワークでは「臆病」という著者の言葉は重い。様々なことに意識を張り巡らせているということで、同じフィールドワーカーとして肝に銘じたい。
 アリが「しゃべる」ことまで確認してしまった著者であるが、近年、生物のコミュニケーション研究は人気があり、興味深い知見も多くある。コミュニケーション不足と言われる昨今の人間社会だけに、ほかの生物からも色々と学んでいきたいものである。
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むらかみ・たかひろ 1971年生まれ。岡山理科大教授。菌食アリの行動生態や社会性生物の社会進化を研究。