- 『生活史の方法 人生を聞いて書く』 岸政彦著 ちくま新書 1155円
- 『言語学者、生成AIを危ぶむ 子どもにとって毒か薬か』 川原繁人著 朝日新書 1045円
◇
一人の「生」の歴史である「生活史」を聞き取ってきた社会学者は、聞き取りは純粋に「おもしろい」と言う。(1)は手土産のあり方なども指南する微に入り細に入る手引書で、文体も軽く爽やかなのに、語り手のどの一言も無駄にしない、どんな生もいとしく尊いものとして残そうとする姿勢に、何度か胸をかきむしりたくなるような感慨を抱いた。誰しもに物語がある、すべての人が「必死に生きて」きたという当たり前の事実が、急に高い解像度で胸に迫るのだ。
一方で語りを聞くことの暴力性、語り手の生を収奪しているのでは、という可能性が問われる。聞き取らなければ声が埋もれてしまうような人を探したいと思っても辿(たど)り着けない。その現実にこそ社会構造の不均衡があり、どれだけ社会が分断されているかが逆照射される。聞き取りは、私たちが閉じた自己圏内を出るための冒険のような方法なのかもしれないと感じた。
(2)は言語学者が生成AIを子どもに与えて良いか知ろうとAIと会話し始め、思わず専門的な対話が成立し驚愕(きょうがく)するところが真骨頂だ。もはやAIには無視できない能力がある。この脅威については、最近私も同様の経験をした。でもだからこそ子には与えられないと著者は思考を進める。子どもの言語獲得には音声が重要で、触覚的なふれあいを含めた対話や、身近な人の随伴的な反応の経験が人を作る。書き言葉からしか学ばないAIの弱みとは? 人間性の真髄(しんずい)とは何か?と思考を促される。=朝日新聞2025年11月29日掲載