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思想史研究の発展を予見させる「宮本常一 民俗学を超えて」 上村剛の新書速報!

  1. 『宮本常一 民俗学を超えて』 木村哲也著 岩波新書 1056円
  2. 『ホロコースト後の機能不全 ドイツ、イスラエル、犠牲と加害の関係』 武井彩佳著 角川新書 1078円

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 一億人のさまざまな意見が、一つの「民意」に纏(まと)められる政治の現状。必要なのは、人間を複数のままに理解する視座ではないか。

 (1)は、日記、蔵書の書き込み、無署名の書評まで読み込み、民俗学者宮本常一の生き様を複層的に描く。宮本は周防大島に生まれ、大阪で教師として働き、全国をくまなく歩いたことで、東京中心の学問を疑問視し「傍流でよく状況を見ていく」視点を得た。興味深いのはかれを磁場とした、戦後思想史の多様な広がりだ。藤田省三や森崎和江による批判から、島尾敏雄のヤポネシア論や司馬遼太郎へのひそかな影響、はては宮崎駿やスピッツにまでながれゆく大河の可能性を感じる。著者のこれまでの著作と同じ文章がみられるのは残念だが、思想史研究のさらなる発展を予見させられた。

 日本と並ぶ敗戦国、ドイツとの比較も、私たちの足跡の理解には重要だ。ドイツとイスラエルの戦後の関係史を紐解(ひもと)く(2)は、ドイツの戦争裁判、個々人への補償、ユダヤ人が発展させてきた国際法といった、複雑にねじれた過程こそ、今日の中東の悲劇を引き起こしたと説く。同時に著者は、早々に賠償を終結させ、「道義的負債に蓋(ふた)をし」た、戦後日本についても反省を促す。イスラエルやドイツを批判するのは容易(たやす)いが、私たちは本当に自らの歴史と向き合えているのか。短絡的な批判は避けつつ、歴史学が現状追認していないかも問う、真摯(しんし)な著者の姿勢が印象的だ。=朝日新聞2026年2月21日掲載