- 『人類学者が教える性の授業』 奥野克巳著 ハヤカワ新書 1320円
- 『性的であるとはどのようなことか』 難波優輝著 光文社新書 990円
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AIが人間の身体性に再考を迫る今、その究極の形と言える「性」にまつわる新書の刊行が相次ぐのも時代の流れだろうか。
(1)は、人類にとっての「性」がいかに社会や文化の規定を受けるかを、他の生物や民族の比較からざっくりと炙(あぶ)り出す。ホモセクシュアルな関係を全男性の成長過程の儀式に組み込むニューギニアの民族や、妊娠中、積極的に愛人と性交渉し子の父親を複数持とうとするベネズエラの民族など、人類学の事例がどれも興味深い。一方、私たちの社会の一夫一婦制が、相手の取り合いによる戦いと疲弊を避ける、強(したた)かな進化の結果と分かり妙に納得もする。
(2)は、修論を「性」で書いたという著者が、人が何を性的であると思うかを、表現規制等の問題と絡めて問い直す。性的なものには、美的判断を伴うものと、ただ生理的に興奮を催させるものがある。表現規制で問われるのは後者だが、著者がラヴェルの曲に性を感じるように、性への感性こそ本来は普遍的な規制などできないはずだ。またクィアの黒人詩人A・ロードの詩作から、性は社会が課す抑圧からの自由と新たな自己の生成と捉え、と同時に他者と根源的には一体化できないことを知ることにこそ性の本質があるとする論の展開が魅惑的だった。
個別的でありながら、社会的規範を強く受ける「性」の深淵(しんえん)を覗(のぞ)くことは、自分自身を知ることにもなるだろう。性とは個別的な感覚の貯蔵庫だから。=朝日新聞2026年1月24日掲載