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藤原印刷「本が生まれるいちばん側で」インタビュー 本は誰でも自由に作れるもの

右から、兄の藤原隆充さん、弟の章次さん=松嶋愛撮影

藤原印刷とは? 家業を継ぐまでの道のりはこちらのインタビュー記事で

藤原印刷 個人やデザイナーに愛される兄弟の決意「紙の本でも、一人ひとりの思いと一冊に寄り添う」

印刷会社から見た本作りを書籍化

 出版業界の関係者、印刷会社や製本会社の人、本好きの人なら、この本を手に取った時、いろんなことに驚かされるだろう。まずは奥付。この本には「組版」「面付」「撮影・プリンティングディレクション」「用紙手配」「断裁」「用紙運送先」など、見慣れない項目がずらりと並び、まるで映画のエンドロールのようだ。

 その奥付の1ページ手前には、「本書の仕様」が掲載されている。「用紙」という項目は10行にもわたり、本文用紙は6種類。それぞれ異なる紙とインキを用いている。ご丁寧に初版部数と予算(約250万円)まで記されている。

「僕が藤原印刷に入社して松本の工場に行った時、3階建ての工場に70人くらいの社員さんが働いていて、これだけの人数が本作りに必要なんだ、と驚かされました。この本でもSpecial Thanksみたいな感じで、協力会社さんにも許可をいただいてお名前を載せました」(隆充さん)

 本書は、版元のライツ社が藤原兄弟に、「クラフトプレスという新しい本のあり方を伝えたいし、印刷会社目線で語った本がないから作りたい」と声をかけたところから始まった。

「僕らは本を作るのをお手伝いするのが仕事で、自分たちの本を出したいという気持ちはありませんでした。僕たちが希望したのは、いろんな人と一緒に作った本や、作り手のことはたくさん紹介したいけど、藤原印刷の自分語りにしたくないということでした」(章次さん)

 本文用紙を折ごとに変え、本文は「まぜまぜブラック」という謎のインキで刷るなど、印刷会社が作った本だけあって、細部までこだわりが感じられるが、これらも藤原印刷側から要望したわけではないという。

「デザイナーさんからご提案していただいたものに、著者ではなく印刷会社として技術的な意見を伝えて、このような造本になりました。ちなみに『まぜまぜブラック』というのは、工場で印刷する時に、余ったインキを混ぜて作ったものです。通常であれば黒のインキ1色を使えばいいところを、インキを混ぜるコストもかかるし、純粋な黒じゃないからちょっと薄くなってしまっているんです。重版分ではもう少し読みやすさを考えて濃くなるように調整しました」(章次さん)

カバーを外すと、営業から現場に渡す台割(社内伝票)が印刷されている

試行錯誤は当たり前「とにかくやってみる」

 兄の隆充さんは2008年、弟の章次さんは2010年に、祖母が創業した藤原印刷に入社した。出版市場は1990年代後半をピークに下落し続け、同社もまた先行きが見通せずにいた兄弟は、長期的に会社を発展させることを考え、出版社だけではなく、グラフィックデザイナーや、本を作りたいと思っている個人に着目した。

「出版社は本を出して売ることを生業としているので、本を印刷する仕事が確実にあるけれど、個人の本作りの仕事を取るために、どこに行けば見つかるかなんて全くわからなかった。当時あった、ニュースのまとめサイトとかを見て、個人で本を作っている人を探しました」(章次さん)

 藤原印刷にとってターニングポイントになったのは、2012年、当時の現役大学生が創刊し、モデルの水原希子さんが表紙を飾った『N magazine』の再印刷だった。その頃の藤原印刷が、全ページフルカラーの本を手がけるのは年に数回。ちょうどプリンティングディレクターが藤原印刷に入社し、社内にもカラー印刷が得意な職人がいたことから、思い切って挑戦することができた。

『本が生まれるいちばん側で』(ライツ社)より

 その後、同社が提唱していくことになった「クラフトプレス」では、本文用紙に穴を空ける、コミック誌に使われるザラザラした紙に写真を美しく印刷する、段ボールを表紙にしてコデックス装にする(本文を糸でかがり、背を糊で固める製本方法)、表紙と本文用紙を複数用いて組み合わせを変える、など、かなり無茶というか、独創的なことを実現してきた。当初は現場でも軋轢が生じ、喧嘩をしたことも少なくなかったという。

「技術的にできないものははっきりできないと言いますが、やってもいない、現場に相談してもいないのに『できません』なんて言えません。営業の僕の後ろには、やりたいと思っていることがあって、それを藤原印刷に発注し、時間とお金がかかってでもそれをやって欲しい!と思っているお客さんがいるんです。今から振り返ってみてよかったと思うのは、僕は東京支社にいるので、松本の工場に電話して『やって!』と伝えれば、現場と直接会うことがなかったことです。大変な思いをしているところを目の当たりにしていたら、気にしてしまったかもしれません」(章次さん)

 現場では、依頼された仕事が舞い込むたびに、地道に試行錯誤を繰り返していくしかなかった。そして小さな難題を一つずつクリアして、着実に実績を出していくようになる。

「製版の担当者が画面上で調整し、版ができたら実際に印刷して、だめだったらその場で印刷担当者とあの手この手で試行錯誤して合わせていく。しかも全部違う案件だけど、やっていくうちにどんどん上手になってきて、できることが増えていきました。当時、僕は製本の現場にいたので、印刷現場で結構揉めているのを遠目に見て、実は『面白いな』と思っていました(笑)」(隆充さん)

 松本の本社で働く隆充さんは、特殊印刷や製本など、自社にはない技術を持つ会社を開拓する役割も担った。そういうニッチな技術を持つ会社でも自社サイトを持っているところはほぼなく、「タウンページ」(職業別電話帳)を見て片っ端から電話をかけたこともあったという。そうやって、少しずつ藤原印刷ができることを増やしていった。

「僕は手配することはできても、現場では工場長や職人に任せることになります。現場の試行錯誤を見ていると、いつもとは違う光景が広がっていて、それは背伸びしてストレッチしている瞬間のようだと思いました。あと、記憶に残る仕事って、何の問題も起きなかったものよりも、苦労したものだったりしますよね」(隆充さん)

自ら切り開いた「クラフトプレス」に縛られない

 今でこそ藤原印刷の代名詞とも言える「クラフトプレス」という名称だが、これは2021年頃に隆充さんが考案した。

「弟が多様なお客様の本作りの仕事を取ってくるようになって、ZINEやリトルプレスを作りたいと言われてもピンとこなかったんですよね。『自費出版』という言葉もあるけど、これは年配の人の自叙伝みたいな印象がある。『リトルプレス』だと小規模なイメージで、『ZINE』だと手作業のような感じ。モヤモヤしている時に、同じ長野のヤッホーブルーイングというクラフトビールメーカーのことを思い出したんです」(隆充さん)

 クラフトビールは個人で醸造しているところもあれば、大きな酒造会社も手掛けている。規模は関係なく、味もパッケージデザインも自由。個人の本作りに通ずるものを感じたという。

「『クラフト出版』だとダサいし、『クラフトパブリッシング』は長い。プレスの方が短くて言いやすいから、『クラフトプレス』にしました」(隆充さん)

2025年10月に東京・神田で開催された「クラフトプレス展」。これまで藤原印刷が手がけた、個性あふれるクラフトプレス100種類以上が並んだ=池ノ谷侑花(ゆかい)撮影

 藤原印刷は「クラフトプレス」という個性と強みを活かして、今後もますますこの分野の活性化に力を入れていくのかと思いきや、隆充さんは「僕らは藤原印刷がどう生き残っていくかを考えているだけであって、クラフトプレスの藤原印刷になるつもりはない」ときっぱり言った。

「自分たちでラベルづけしないことはずっと意識してきたこと。自分たちがこういう会社だと狭めることは逆にチャンスや機会をロスしてしまうことになります。それに、往々にして“村化”しやすいものなんです。クラフトプレスや個人出版の藤原印刷だということが定着して、そこの村人として位置づけられると、堅苦しいし窮屈なので、そうなりそうになったらヌルっと抜けて、違うことを始めたいですね」(隆充さん)

生存戦略は「変化し続けられること」

 章次さんも、自分たちは良くも悪くもクリエイティブ業界・印刷業界の当たり前を知ろうとしていないからこそ、クライアントが有名かどうか、権威のある組織かどうか、ということに頓着せず、藤原印刷として求められたものに対して、きっちり結果を出すことだけに注力できたという。

「印刷業は老若男女、国籍、性別、年齢、職業などを関係なしに、どんな人とも仕事ができる業種だって心の底から思っているから、相手が著名なデザイナーだとか、有名な美術館だからとか、ぶっちゃけどうだっていい。それに、この先もずっと印刷業だけをやり続けるかどうか、わかりません。もしお客さんが、『人材を採用したいんだけどいい人が集まらなくて』と相談してきたら、採用イベントを開催して、お客様に人材を紹介したりすると思うし、そこから新しい事業ができるかもしれない。顧客を増やしまくったほうが、可能性も広がると思っています」(章次さん)

 隆充さんも思いを同じくしている。

「たぶん僕たちは変化量が大きい方が好きなんですよ。村化すると均質化され、大した変化をしなくなる。はじめはできないことが多かった僕たちは、変化量が大きかったからここまで来れたし、もうちょっと背伸びをすれば、できることはもっとたくさんあるはず」(隆充さん)

 とはいえ、二人が誰かのこだわりがたくさん詰まった、自由な本作りに面白さを感じて、ここまでやってきたことには変わりがない。だからこそ、「本が売れない」「若い人は紙の本に興味がない」といった通説も、必ずしもそうではないと感じている。

「うちが人材を募集すると、20〜30代の応募が一番多くて、みんな本が好き、紙が好き、ものづくりがしたいっていうんです。だから、本自体が価値を失ったわけじゃないと思うんですよね」(隆充さん)

本だってDIYできる

 藤原印刷の自分語りとなる本はいらないと明言した兄弟だが、本書を出す目的は2つあったと教えてくれた。

「今まで、本を作りたいという個人の相談に乗ってきて、『本を作りたいと思った時、どこに相談したらいいかわからなかった』という声をすごくよく聞きました。いわゆる自費出版をしたいわけじゃないし、ネット印刷のようなフォーマット化されたものを作りたいわけでもない。かといって、出版社からは誰もが自由に本を出せるわけじゃない。相談できる先として想起できるところがないんです。だから、うちみたいなところがあって、実際に本を作っている人がたくさんいるということを伝えたいと思いました」(隆充さん)

 もう一つは、誰もが自由に本を作ってもいい、ということ。

「そもそも自分で本を作るという選択肢が頭にないと思うんですよ。だから、まずは自分で作るのはあり!という選択肢を持ってもらいたかったんです。この2つの目的を達成するためには、ある程度の規模で、商業出版に乗せることに意味があります。だから、この本を通してメッセージが伝われば、僕たちにとってもありがたいですね」(隆充さん)