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「ヒッチコックをさがせ!」書評 作品を絵画化して探索する迷宮

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2026年01月24日
ヒッチコックをさがせ!:超近接的映画鑑賞(トゥークロース・ビューイング)のすすめ 著者:D・A・ミラー 出版社:慶應義塾大学出版会 ジャンル:映画

ISBN: 9784766430660
発売⽇: 2025/10/27
サイズ: 12.8×18.8cm/288p

「ヒッチコックをさがせ!」 [著]D・A・ミラー

 普通、映画はまず物語を追っかけますよね。ところが本書の著者は物語から離脱して物語を追わないで、画面の中の事物をまるで静止した絵画を凝視するように能動的に眺めます。この辺は僕の鑑賞術そっくり。つまり映画を絵画化してしまうのです。
 ヒッチコックは自作の映画の中で、まるで幽霊のように非存在的な通行人に化けて、虚構を突然現実に引き戻します。つまりヒッチコックは遊んでいるだけですが、本来創造とはこういう行為を言うのです。このあたりは小津安二郎的で、画面の中に記号や象徴を登場させるところが似ていますよね。
 本書の著者は映画をバラバラにして、非連続化させることで映画を別のものにしてしまう。書名にある「超近接」の意味は、一瞬画面を止めてそこをミクロ的宇宙のようにして見せるということです。
 映画にとって物語は必然的であるにもかかわらず、スクリーンの中の画面をもう一つのレンズでクローズアップしながら、隠された秘密というか、迷宮を探索するのです。
 ヒッチコックの映画は完璧主義です、と思って今まで見ていましたが、どうもその辺が怪しいというか、観客に隠したものをバラしたがっているように思います。バラしたくないけれど、バラしたいという、複雑な矛盾をはらんでいるように思えます。そんな幼児性がまたヒッチコックの魅力になっているのではないでしょうか。
 本人が意識しているのかしていないのか、ヒッチコックが映画を作っているのか映画がヒッチコックを作っているのか、よくわからないけれど、サスペンスとはこういうものではないのかな?
 ヒッチコックという監督が画面に登場する「カメオ出演」で観客の気持ちをそらす。そんなヒッチコックの映画の中で、観客は消えたヒッチコックを探すのです。それが芸術ごっこです。
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D. A. Miller 米カリフォルニア大バークリー校名誉教授。専門は映画および19世紀文学。著書に『小説と警察』など。