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亡き母は、もう一つの日常に 青来有一

イラスト・竹田明日香

 川の始まりはどうなっているのか、山中にこんこんとわきだしている湧き水があるのではないか。そんなことを考え、小学校4年生か5年生の夏休み、友だちと川べりの道をてくてくと歩いたことがありました。

 長崎を流れる川は長くも大きくもなく、1時間ほど歩くと水源地にたどりつきます。子どもにはそこまででも、ちょっとした冒険の旅でしたが、水源地に流れこむ小川をさかのぼってみたくて、まわりに沿った道路をさらに歩いていきました。

 当時、あたりには民家は少なく、雑木林のあいだにぽつぽつと畑と田んぼがあったように記憶しています。

 途中、田んぼの水が道路の下をくぐり水源地に流れこんでいて、澄んだ水の底の砂地に点々と半透明のものが動いているのを見つけました。白い髭(ひげ)のような触角の、体長3センチほどの小エビの群れです。

 十数匹が、ゆるやかに流されては、ちょこちょこと泳いで元の位置にもどるといった動きをくりかえし、メダカやトンボの幼生のヤゴなど、水生の小動物を飼っていたので、なんとか捕まえたいと思いました。

 タモ網など持たず、手で捕まえようとしても小エビはすばしっこくぱっと逃げます。水路のふちに友だちもいっしょに腹ばいになり、両手を心地よい冷たさの水に漬け、手のひらの窪(くぼ)みにエビが流れてくるのを待ちました。なんどか逃げられた後、白い手の中に1匹、水といっしょにすくい、友だちも手をのぞきこんで歓声を上げました。

 夏の澄んだ光を凝縮したような手のひらの小エビをながめ、水をこぼさないで歩いて帰るわけにもいかないとすぐに気づいて、指のすきまからぽたぽたとこぼれ落ちる水とともに、エビは放すしかありません。

 あの時、水路がどこに続くのかとながめたら、舗装されていない、ゆるやかな坂になった道路とともに、山と山の間にずっと遠くまで続いていました。川が始まるところがその彼方(かなた)にあると漠然と思いましたが、なにか異界の入り口のような不安を感じ、それ以上、山奥には行きませんでした。心配していた母からひとしきり叱られたのはいつものことです。

     *

 それから20年ほどが過ぎた30代の始め、残業帰りの最終バスで寝過ごし、あわてて降りたバス停が、子どもの時にその小エビをすくった水路があった近くの、水源地のほとりでした。

 畑地や田んぼはもうなく、住宅や公園、事務所などの建物も立って夜でも真っ暗ではなく、景色はかなり変わっているようです。バスがどこへ行くのか見送ったらまもなく右折して、あの山と山のあいだの道路の闇に消えていきます。

 昔は狭く、舗装もされていない道路でしたが、一般道路になってクルマの往来も夜になってもそれなりにあります。道路の上方の高いところにバイパス道路が陸橋となって通り、大きな門に見えました。

 それからさらに三十数年が過ぎたこの秋、転院する母に付き添って乗った介護タクシーで、水源地に沿った道路を走って、その陸橋の下を通りました。母は寝たきりとなって目を閉じ、それが最後の転院となるのはあきらかで、これから行く病院が終焉(しゅうえん)の場所になるのもわかっていました。

 子どもの頃、川の始まりの山奥と思っていたその場所は、郊外に広がったなんでもない住宅団地で、起伏のある土地に閑静な家々がならび、郵便局もコンビニもあります。母が入院する白い病院はその一角の丘に立っていて、病室の窓から遠くに鈍く光る大村湾が見えてなにかほっとしたのです。

     *

 2週間後、母は静かに息を引き取りました。

 極楽とか浄土とか、母が遠い死者の行く別世界に旅立ったとはふしぎに感じません。雲間から照る日であたりが明るくなった瞬間など、母がなにもなかったように暮らしている、もう一つの日常がすぐ傍らにあるようにも感じます。

 母との記憶のせいなのか、小エビとともにすくった水を両手でささげる少年の日の自分も、そこに暮らしているようで心穏やかにもなるのです。=朝日新聞2024年12月16日掲載