母の寝顔、重ねた歴史思う 青来有一
小さな寝息をたてている母の寝顔をベッドのかたわらでながめていることが多くなりました。
母の顔などまじまじとながめたことはそれほどなく、ああ、このひとはこんな顔をしていたのかとあらためて感慨のようなものもわいてきます。とはいっても94歳の老いて痩せた顔、若かった頃の、色艶(つや)のいい、ふっくらとした顔と比べたら別人といってよく、母はこんな顔だったのではなくて、こんな顔になったのだというのが、正しいのでしょう。
病室の窓の明るさから逃れるようにやや右向きになっているため、左の耳の下あたりから鎖骨をつなぐ筋肉(調べてみたら「胸鎖乳突筋」というそうです)が、太い筋交いのように浮き上がっています。薄いまぶたは小さな眼球を包み、目もとは影となって窪(くぼ)み、鼻は思いのほかわし鼻で険しい印象。残った前歯が唇のあいだにわずかにのぞいていました。
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実家を整理していて、父母の写真を見つけました。古びた厚い布製の表紙のついたアルバムの写真もありましたが、ほとんどは未整理のまま、無造作に紙の袋に入れてありました。
20代後半の独身時代の母の、オードリー・ヘプバーンのようにヘアバンドで髪をアップにした、ポートレート風の写真など本人も得意然とした気取った顔をしています。
母の話では、当時、昼休みに同僚と職場近くの繁華街の洋装店に駆けこみ、新しく入荷したブランドの服を品定めして注文、仕事が終わり、服を受け取りにいっていたともいいます。
昭和30年代の初め、戦後の復興から高度経済成長が始まった時代だったのでしょう。若い母の表情にも自信のような明るさがあり、女性たちがおしゃれを楽しむ豊かさを享受できるようになりはじめた時代だったのかもしれません。
結婚式の時の文金高島田に角隠しの記念写真の顔は、真っ白に厚く化粧をしていて、笑い顔も作り笑いっぽく、緊張して表情も硬い顔です。
子どもが生まれて七五三の時のスナップ写真などは自然な母親の顔。
40代、50代は顔も体形もふくよかになり、父が退職して、ふたりで旅行やドライブをしていた当時の60代、70代の写真の顔が満ち足りて最も幸せそうにも見えます。
父が80歳で亡くなった後、その後、母も大病で手術をして痩せ、90代ではさらに細くなっていき、頭蓋(ずがい)のかたちが透けて見えるといった今の顔が目の前にあるのでした。
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顔にも歴史があり、母のもっとも母らしい顔とはいつの顔なのか、ぼんやりと考えている自分に気がついてはっとしました。仏壇の父の写真にならべる母の写真をどこかで考えていたのです。なんとも不謹慎で縁起でもない想像でした。
ただ、現実としてもうそれは遠い未来ではありません。父は80歳で亡くなり、余命3カ月と宣告されて急激に痩せていきましたが、その直前、あるパーティーで撮った紺のスーツ姿の写真を今も仏壇に置いています。ふくよかで、まろやかで、にこやかな父の顔。おかげで、毎朝、優しい気持ちになれます。
同じパーティーで写した母の写真もあり、これも上品な良い写真ですが、父より一つ年下の母は当時79歳。94歳の母をながめていると、それが母だという思いに今ひとつためらいがあります。ただ、父に比べてあまりに老いた写真を並べたら母がかわいそうな気もします。
年齢で変わっていく人間の顔をひとつだけ選ぶのはむずかしい、いつのまにかまたも不謹慎なことをぼんやり考え始めていたら、母が急に目を開けました。「よろしくお願いします」といつもの口ぐせで言われた時、なにもかも見透かされているように感じたのでした。=朝日新聞2024年11月4日掲載