〈この世界はスーパーセックスワールドだ〉。渡辺優さんの「女王様の電話番」(集英社)は、こんな一文で始まる。
渡辺さんは20代の時、「全然恋愛をしていない」と人に話したところ、「すごくもったいないね」と言われたことがあった。仲のよい友達と出かけたり、趣味に打ち込んだり、充実した日々を送っているのに、もったいない?
食べ物は粗末にしてはいけない。睡眠はたくさん取った方がいい。こうした価値観は社会全体である程度共有されているのに、どうして恋愛の価値観は人によってかなり異なるのか。不可解だった。
そんな思いから生まれた物語の主人公は、何でも性愛や恋愛に結びつけるスーパーセックスワールドになじめない。そのせいで、仕事も失ってしまう。誰かを好きになっても、身体的に触れ合うことはできない自分はおかしいのか。思い悩む彼女が、次にめぐり合った仕事は「女王様」を派遣する店の電話番だった。彼女は女王様らと関わる中で、自分を見つめ直していく。
恋愛を主題に据えたことがなかった渡辺さんにとって、今作は挑戦だったという。連載後にも改稿を重ね、この度の第174回直木賞候補になった。「直木賞を憧れではなく、目標にしてもいいくらいやれていると、自分をちょっと認めてもいいのかなと思えた」。受賞には至らなかったものの、選考委員から強い支持もあったという。
デビューは2016年。翻訳の専門学校に入ったが、語学力が足りず、進級試験に何度も落ちた。日本語の訳文は褒められたため、小説を書いてみることにしたのが、執筆の始まりだった。
アルバイトは長続きしないことが多かったが、経験が小説に生きている。今作の舞台設定も、面接に行ったバイトが夜の世界の電話番だった経験から出たアイデアだという。「いつか書きたいなと思って、事務所の壁に貼ってあるものもすごく読みました」
一方で、作家生活は10年続けてこられた。作家の働き方も性に合っているという。「本が好きなので、本を書く。結局、自分が読んでいて楽しい文章しか書けない」。これからも、エンターテインメントを書き続ける。(堀越理菜)=朝日新聞2026年2月4日掲載