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井上理津子「さいごの色街 飛田」 生真面目に舞台裏に迫る

 再開発の槌音(つちおと)が止(や)むことのない大阪市南部にあって、変化を拒むように、いまなお変わらぬ風景を守り続けているのが飛田と呼ばれる一角だ。

 かつての廓街(くるわまち)そのままに、碁盤の目に沿って「料亭」が並ぶ。日が暮れると通り全体が怪しげな光に包まれる。開け放した玄関の中で舞台照明のように照らし出されるのは客待ちの女性たち。社会科見学だと自身に言い訳しながら初めて飛田を訪ねたとき(今思えば大変失礼な話ではある)、私はこの光景に圧倒された。

 同じように「度肝を抜かれ」たライターの井上理津子さんは、この街のさらに奥深くに足を踏み入れる。

 「飛田の中のことは、外の者がさわったらあかんのよ」。街の住人に忠告された。当初は名刺を差し出しても「いらんわ」としか返ってこない。関係者は一様に口が重い。取材も撮影も「お断り」が当然の色街だ。だが、何かに取り憑(つ)かれたかのように井上さんは飛田の「中」を往(い)く。

 取材させてほしいと書いたビラを配る。アポなしで暴力団事務所や警察署にも足を運ぶ。現場百遍の努力が固く閉じた扉をこじ開け、“料亭の個室で出会った女性と一期一会の恋愛をする”といった建前に守られるセックス産業の舞台裏に迫っていく。

 働く女性たち。経営者。業界団体の幹部。ヤクザ。この街で生きる者たちの途切れ途切れの言葉には、空足を踏むような切なさが漂う。そこには「好きでやっている」といった買春客に都合の良い“女の物語”はない。連鎖する貧困に抗(あらが)うことのできない人々のため息が随所で響く。

 同書が長く読まれているのは、ありきたりのダークツーリズムに陥ることのない、井上さんの生真面目な視点が、「外」から差別される者たちの悲しみを正確に描いているからだろう。=朝日新聞2026年5月30日掲載

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 新潮文庫・825円。15年2月刊。11刷6万3千部。単行本は筑摩書房から11年10月刊。編集部は「幅広い層に読まれている印象です。著者が12年をかけて記録した人間の生々しさに引かれ、多くの方が手に取ってくださっているのでは」。