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「希望のチョコレート」書評 成功の陰で失われた日常を思う

評者: 酒井正 / 朝⽇新聞掲載:2026年03月28日
希望のチョコレート: 「平和」への願いをつくり続けるシリア難民家族の物語 著者:ジョン・タットリー 出版社:原書房 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784562076529
発売⽇: 2026/01/26
サイズ: 19.5×2.3cm/280p

「希望のチョコレート」 [著]ジョン・タットリー

 シリアでチョコレート製造によって財を成した一家が、内戦で国を追われることになる。苦難の末に難民として渡ったカナダで、チョコレート製造を再開したところ瞬く間に成功を収める。本書は、そんなハダト家の軌跡を追った実話だ。カナダにも雇用をもたらしたこの家族の話は、難民受け入れの好事例として当時のトルドー首相によって紹介され、映画にもなった。
 難民にとっては豊かな国に辿(たど)り着くことがゴールではない。著者は、ハダト家に取材を重ねるに連れて、その道程が「祖国に張っていた根を抜かれ、新しい国に植え替えられる」ような過酷な体験だったことを知る。それは、失われた尊厳を取り戻す行程でもあった。
 一方で本書は、ノバスコシア州アンティゴニッシュの住民が難民の受け入れを決め、コミュニティーの絆を深めてゆく過程にも多くの紙幅を割く。かつてその地に移り住んできた者(やその子孫)も、恩返しとしてハダト家の事業を支援する。受け入れる側が人生の意義を再確認してゆく記録でもあるのだ。
 もう一つ、本書ではハダト家の女性が現地に適応してゆく様子も丹念に描かれる。特に、一家の四女が苦労してカナダの高校を卒業する姿は胸を打つ。国を追われることで尊厳を奪われるのは、男性ばかりではない。
 だが、これを「難民の星」の物語としてだけ消費してしまってよいのだろうかとも思う。シリアの内戦では、一千万人以上が避難を強いられたとする報告もある。ハダト家の華やかな「成功」の陰で、シリア人の失われた日常はあまりに重い。ハダト家とて祖国で暮らせるのに越したことはなかっただろう。本質的に難民は紛争の被害者であり、そこに成功も失敗もないはずだ。ハダト家が「チョコレートによる平和」をブランド名にしてまで訴えるのは、彼らこそがそのことに深く思いを致しているからではないだろうか。
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Jon Tattrie カナダ・ハリファクスのCBCニュース部門所属。小説やノンフィクションの執筆のほか、テレビなど出演。
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矢沢聖子訳