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「エデンの裏側」書評 児童文学の舞台袖を探索したら

評者: 御厨貴 / 朝⽇新聞掲載:2026年03月28日
エデンの裏庭 著者:吉田篤弘 出版社:岩波書店 ジャンル:

ISBN: 4000223208
発売⽇: 2026/1/27
サイズ: 1.98 x 12 x 17.2 cm

「エデンの裏側」 [著]吉田篤弘

 アリス、ガリヴァー、星の王子さま、モモ。児童文学の中で誰もが一度は意識したことがあろう作品群だ。岩波少年文庫で手にしたな。
 前半は「物語の舞台袖」という章に収められ、いずれも創作のパートと「舞台袖からの報告」と称する書評的パートからなっている。しかも順に読み進めると、いつの間にやら語り手が入れ替わったりするから、懸命に物語の中を往来せねばならない。さらに「茶会」にアリスはおらず、そもそも原型版『アリス』には「茶会」の場面は存在しないんだって。そのうえガリヴァーには、舞台に「日本」が混在する。架空の世界とつながってしまうのだから大変だ。
 驚きの連続の果てに、次は星の王子さまだ。〝起〟〝承〟ときて、まさに〝転〟がくる。私も著者と同じく、大人になって星の王子さまに接した。しかも何と著者と同様、読んだことはないのに、彼のことを知っている。うーん、やられた。しかもこの星に王子はいないかもしれぬ、とくる。挙げ句に〝結〟に入ると、モモは「時間」と「心」による戦いの物語として規定されてしまう。しかも単行本の表紙には「ぬすまれた時間」を取り返した「女の子」の物語、と結末が書いてあるのだ。しかし著者は悪魔の魅力を再読において見いだし、「時間」と「心」は「生きている」ことを意味すると理解する。かくてまばゆく展開したおとぎの世界は〝結〟をへて、また〝起〟に戻ってくるのか。
 いや違う。そこに後半の「エデンの裏庭」が現れるのだ。前半の仕掛けが色々な形で後半の小説を成り立たしめている。「未完の小説」を求める若き女性の「時間」と「空間」を往還する物語だ。そこに著者は、なお次なる「舞台袖」を探索中のように見える。そういえば、政治史学の世界も「舞台袖」の多様性をもっと堂々と採り入れたとき、存在の意味が明確に迫ってくるであろう。
    ◇
よしだ・あつひろ 1962年生まれ。小説執筆の傍ら、「クラフト・エヴィング商會」名義で創作とデザインを手がける。