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「ローワライ」と「君の手がささやいている」 30年を経てろう者の置かれた状況と描かれ方の変化は(第155回)

 荒川弘や吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる)をはじめ、最近は少年誌や青年誌で活躍する女性マンガ家が増えている。とはいえ、4月に第1巻が出たばかりの話題作『ローワライ』(講談社)の作者・雪野朝哉が「北海道在住の女性作家」だと知ったときはいささか驚いた。テンポのいい関西弁のセリフ回し、往年の劇画に通じる硬質で力強い描線から、てっきり「関西出身の男性作家」とばかり思っていたのだ。

 ろう者の大学生・平里(ひらり)は、同じ大学で手話通訳のアルバイトをしている嶋(しま)に誘われ、生まれて初めて生の漫才に触れて大笑いする。ふたりは「ローワライ」という漫才コンビを結成し、スケッチブックを使ったフリップ芸で“ろう者にしかできない笑い”に挑むことに――。この第1話が昨年「ちばてつや賞」優秀新人賞を受賞し、圧倒的な反響にこたえて今年から「ヤングマガジン」(講談社)で連載が始まった。

 なんといっても、音声で会話ができないろう者が“話芸”の漫才をやるという設定は前代未聞だろう。金髪マッチョの嶋に対して平里はロン毛にピアスのイケメンで、いわゆる障害者のイメージとはほど遠い。一見コワモテのヤンキーコンビでありながら、常に最前列で講義を受けている平里にしても、居酒屋で19歳の平里に酒を飲ませようとする先輩を止める嶋にしても、見かけによらないマジメな好青年。舞台の上だけに限らず、ふたりが高速の手話で繰り広げる日常会話がいちいち面白い。

 ろう者を主人公にした作品というと、古くは1992年から「月刊mimi」(講談社)で連載された『君の手がささやいている』(軽部潤子)があった。ろう者の美栄子は都心の企業に就職するが、スムーズにコミュニケーションが取れないため職場で敬遠されるようになってしまう。やがて同僚の野辺と恋に落ちるが、健聴者との結婚も簡単にはいかない。ろう者の苦悩と健聴者の無理解を正面から描き、講談社漫画賞(少女部門)にも輝いた問題作だ。

 ろう者が注目される機会が少なかった当時に比べ、最近はNHKでドラマ化された小説『デフ・ヴォイス』(丸山正樹、創元推理文庫)や吉沢亮主演で映画化された『ぼくが生きてる、ふたつの世界』(五十嵐大、幻冬舎文庫)など、ろう者の世界を描く小説も増えており、彼らを見る目も少しずつ変わりつつある。

 健聴者の社会に必死に溶け込もうとしていた美栄子にとって、聞こえないことは大きな壁であり、それが作品のテーマにもなっていた。一方、ろう者ならではのフリップ芸で健聴者を笑わせようとする平里にとって、聞こえないことはそれほど大きな問題ではない。イケメンやロン毛と同じ彼の個性のひとつに過ぎず、むしろ武器にさえなっている。平里の手話が周囲と同じ関西弁で表現されるのも効果的だ(実際、手話にも関西弁があるらしいが)。いつしか彼がろう者であることを忘れそうになり、「障害者は決して特殊な存在ではない」と認識させられる。

 もっとも、耳が聞こえないことが不自由でないわけがない。ろう者ならではの苦労、周囲の心ない態度は『ローワライ』でもしっかり取り上げられている。監修は全日本ろうあ連盟。さりげなく描かれるろう者の日常生活のディテールは実にリアルで、細かく取材を重ねていることがうかがえる。

 令和の今でも障害者に対する偏見がなくなったとは言えないだろう。しかし30年前に比べれば理解が進み、確実に壁は低くなっているように思う。