沖縄編 激動の歴史にも、どこか明るさ 文芸評論家・斎藤美奈子
沖縄は激動の歴史を背負っている。1879(明治12)年、明治政府がこの地を沖縄県として領土に組み入れる「琉球処分」の日まで、ここは約450年続く琉球王国で、首里城はその王府だった。
池上永一『テンペスト』(2008年/角川文庫)は王国末期の数十年を男に身をやつした女性視点で描いている。自らを宦官(かんがん)と偽り、孫寧温(そんねいおん)と名乗って男性しか受けられない難関の官僚登用試験「科試(こうし)」に13歳で合格した真鶴(まづる)。みごと王宮入りした彼女は、清国と薩摩藩の二重支配の下で、むずかしい外交交渉に腕をふるうが、国際情勢の変化は琉球にも及び、王国の主権はおびやかされていく。その中を逞(たくま)しく生きる寧温/真鶴は琉球の姿そのものだ。
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時は下って時代は昭和。県民の4人に1人が犠牲になったとされる1945年の沖縄戦。敗戦後72年まで続いた米軍統治時代。沖縄の第二の受難の時代である。だが人々は打ちひしがれていなかった。
上原正三『キジムナーkids』(2017年/現代書館)の舞台は敗戦から3年を経た本島南部の百名(ひゃくな)村(現南城市)だ。主役は小学5年生の子どもたち。ガジュマルの木の上に秘密基地を築き、米軍のトラックや配給所から奪った缶詰やチョコレートなどの「戦果品」をためる。〈キジムナーは木の精。この御嶽(ウタキ)の番人さァ〉。そこにあるのは戦争が終わった後の解放感だ。
真藤順丈(しんどうじゅんじょう)の直木賞受賞作『宝島』(2018年/講談社文庫)はさらにその後の時代を描く。1952年のある日、ひとりの若者が姿を消した。彼は米軍基地から物資を奪ってコザ(現沖縄市)の人々に配る「戦果アギヤー」の英雄だった。物語は彼の消息を追う親友と恋人と弟の動向を、実際の事件(米兵幼女強姦〈ごうかん〉殺人事件や米軍機墜落事故など)をからめて描く。圧巻は住民が蜂起したコザ暴動(70年)の夜である。
〈最果ての夜を疾走するのは、掛け値なしに無謀で、野蛮で、アメリカーをきりきり舞いさせてきた沖縄人(ウチナンチュ)たち。ここにいるのはみんながみんな“戦果アギヤー”だ〉
エンターテインメント性を備えたこのような作品が登場したのは比較的最近のこと。戦後の沖縄文学は県内作家の地道な表現活動に支えられてきた。沖縄県は4人の芥川賞作家が輩出したが、それぞれの受賞作にも「沖縄」が刻印されている。
復帰前に書かれた大城立裕『カクテル・パーティー』(1967年/岩波現代文庫など)は米兵による少女の暴行事件を被害者の父の視点で描いた今日に通じる衝撃作。本土復帰の年に出た東峰夫『オキナワの少年』(1972年/文春文庫)はコザで女たちに米兵相手の売春をさせている両親との暮らしを、中学生の目でとらえた一人称小説だ。
さらに又吉栄喜『豚の報い』(1996年/文春文庫)は亡き父の遺骨を拾いに県内の架空の島を訪れた大学生と、店に飛びこんできた豚の厄落としと称して島に同行する3人の女の珍道中記。目取真(めどるま)俊『水滴』(1997年/文春文庫、品切れ)は鉄血勤皇隊(旧制中学校生や師範学校生の学徒隊)の生き残りの男が半世紀後、右足が腫れるという身体上の異変と同時に死んだ戦友たちの亡霊と再会する幻想譚(たん)だ。
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題材が重くても沖縄の文学はどこか明るい。「まくとぅそーけー、なんくるないさ(誠を尽くせば何とかなる)」の精神ゆえかもしれない。
近年の収穫からも少し。
高山羽根子の芥川賞受賞作『首里の馬』(2020年/新潮文庫)は港川(浦添市)の古い私設資料館を手伝う女性を主役に、記録を残すことの意味を問いかける秀作。
豊永浩平のデビュー作『月(ちち)ぬ走(は)いや、馬(うんま)ぬ走(は)い』(2024年/講談社)は〈今日(ちゅー)や海んかい行んじてえはならんどお〉というオバアの一言から始まる。現代の少年から戦死した日本兵まで、14人の語り手による14の文体を駆使して語られるのは沖縄の80年だ。語り手の1人はラッパーである。〈消えてゆく街の灯、この島に降り注いだ戦火(いくさび)、そしていまここに生きてるおれらは何?〉
記憶をどう継承するかが問われている今、文学の役割はまだまだあるのだと思わずにいられない。=朝日新聞2026年4月4日掲載