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「マンガ 赤と青のガウン」彬子さま×三宅香帆さんトークイベント 心情が際立つ漫画と日本美術の「余白」

三宅香帆さん=篠田英美撮影

漫画表現で伝わりやすくなった

三宅  「あの素敵なエッセイがこんな風に漫画になるんだ!」と、読者としては二重の喜びが詰まった第1巻でした。彬子さまは、漫画になって驚かれたシーンなどはありましたか?

彬子さま 池辺(葵)先生は心情を描かれるのがお上手でいらっしゃるので、側衛(身辺警護職員)がいなくなった時の感情の揺れであるとか、友達がいなくて、部屋に戻った時の寂しさみたいなものは、文章の中だと、「辛かった」とか「寂しかった」という一言になるところが、池辺先生が上手に表現くださったことで、伝わりやすくなった、と思いました。

『マンガ 赤と青のガウン』

三宅 この場面ですが、誰もがもしかしたら経験したこともあると思うのですが、この空白に、独り立ちした時の寂しさと自由が表現されているような感覚がありますよね。彬子さまもこういう感じだったな、と思い出されたりはしますか?

彬子さま 「行間を読む」じゃないですけれども、日本絵画や美術には“余白の美”があります。西洋の絵画は空間恐怖症なんじゃないかと思うくらい、何かを全部描き込まないと成立しないみたいなところがありますが、(漫画は)例えば(江戸時代の)「風神雷神図屏風」みたいに、大画面に風神と雷神だけを配置するといったところとつながるものを感じます。

三宅 わかります。私は大学時代に万葉集などを研究していたんですね。中国から漢詩文が入ってきて、徐々に日本風にアレンジされていくんですけど、長い漢詩文がどんどん短くなっていくんです。短歌の「五・七・五・七・七」になり、江戸時代にもなると、俳句みたいに短くてよくない? っていう風になっちゃったんですよね。密集した中に余白を作るというか……。

彬子さま 和歌にしても、俳句にしても、人に想像させる部分がある気がします。

三宅 日本では、例えば雨を線で表すとか、そう見えているわけではないのに、誰もが雨って分かる、というのもあります。そう考えると、漫画も日本の美術の伝統の先にある最先端、という感じがしますよね。

彬子さま そうですね。大映博物館でも漫画を収集していまして、展示も行われています。例えば、東アジアの仏教展をやっていた時に、ポップカルチャーやオタク文化を紹介するということではなくて、(中村光さんの漫画)『聖☆おにいさん』(講談社)が、現代の日本で仏教やキリスト教がどのように考えられているか、ということを示すサンプルとして展示されていたこともあるんです。

文字がないと落ち着かない活字中毒

三宅 今までに池辺先生の作品は読まれていたのですか?

彬子さま 正直に申し上げると、知ってはいたんですけれども、実際に作品を拝読したことがなくて……。決まってから読ませていただいて、登場人物の心情をすごく豊かに表現される方なので、この方にお任せしたら間違いないだろうなと思い、好きに描いていただきました。

三宅 池辺先生で漫画化されるとニュースで知った時は、「新潮社史上最高のファインプレー!」と叫びながらスマホを握っていました(笑)。日本美術などを研究されていた立場から見ても、彬子さまには漫画というものがすごく面白く映っているんじゃないかと思っているのですが?

彬子さま 私は活字中毒で、何かを読んでいないと落ち着かないんです。毎日何かしら読んでいないと落ち着かないですし、ひとりで部屋に取り残されると、ペットボトルのラベルも読んじゃうんで。これはお水だから(卓上に置かれたペットボトルの水を見て)、多分大した情報が得られない……。

 こどもの頃から漫画が好きだったとかと言われると、そうではない気がするんですけども、今は毎日読んでいますし、今まで大好きで読んできた漫画の主人公に自分がなるっていうのは震えるような経験といいますか……。エッセイには写真を何枚か載せていたのですが、漫画になったことでエッセイに出てくる登場人物のことを想像していただきやすくなったのではないかと思います。

海外で学ぶ日本人の励みになった

三宅 「赤と青のガウン」で、論文はある程度、専門外の方々にも伝わるように書いたほうがいいと指導を受けた話がありました。日本だと、専門的に書くことが大事と教わってきたので、とても意外な気がしました。

彬子さま 日本の学会だと、どうしても専門家同士が重箱の隅をつつくようなところがありますけれども、海外に出たことで、ジャパニーズスタディーズという大きなくくりの中で研究できることになったのは、すごくいい経験だったと思っています。海外で評価していただけたことで、新たなジャンルをちょっと切り開くことができたのかなと。

三宅 今、海外で勉強されている日本人はたくさんいると思うのですが、むしろ新たなものを作っていくことになる、というお話は漫画の中でも印象深く描かれていますよね。ノーベル化学賞を受賞された根岸英一先生の会見のことも漫画でも描かれていましたが、私はこのシーンがすごく好きで、いろんな方が励まされたのではないかと思うんです。

彬子さま 根岸先生が受賞されたのは、私が帰国した後の話なので、リアルタイムで見ていたわけではないのですが、記者会見の様子を池辺先生が書いてくださったことで、より実感を持って伝わりやすくなったのではないかと思いました。

『マンガ 赤と青のガウン』より

各話のタイトルにある、日本の伝統色

三宅 漫画になって、一話ごとのタイトルを新しくつけられたんですね。「色しばり」になっているのが素敵だなと思ったのですが、どのような意図があったのですか?

彬子さま タイトルが「赤と青のガウン」と色だったので、色を使ってみようかなと思いました。あと、英国の話だけれども、日本のいろんな名前にすることで、日本とのつながりであるとか、色があることでイメージをしていただきやすくなるかなと思って。

『マンガ 赤と青のガウン』より

三宅 「茄子紺のコレッジ」というタイトルがありますが、言葉としてもとても素敵ですよね。

彬子さま 「オックスフォード・ブルー」という色があるんですけども、紺色より淡い、浅葱色のようなイメージなんですけど、オックスフォードの色、ということ で。

三宅 日本の色の名前っていろいろありますよね。こんな呼び方があったんだ、と私もびっくりすることがあります。

彬子さま 英語だと、ネイビー・ブルーやスカイ・ブルーとか、ブルーってつけないと、それが色だっていうことがわからないんですけど、日本だと、柳色って言っただけで、緑だなってわかります。それってすごいことだと思うんです。それだけ日本人が色を大事にしてきたということの表れだと思いますし、日本語の奥深さみたいなことを知ったきっかけでもあったので、日本の色を使ってみようかなと思いました。

海外で学びたい若い人が増えれば

三宅 言葉や文学が、時代の流れによって受容されていくのは面白いなと思うのですが、現代だと「赤と青のガウン」がTwitter(現X)という形で再び受容され、文庫や漫画という形になってまた新たに……というのは最先端な感じがしますよね。

彬子さま 書店の方にお伺いすると、「赤と青のガウン」の文庫本は圧倒的に40~50代の女性の方が買っていかれるそうなんです。岩坂さん(新潮社の担当編集者)に初めてお目にかかった時、「漫画化すると対象年齢が10歳下がります」というお話をされていて、漫画になったことで、少し若い世代の方にも読んでいただけたらいいな、と思いました。

 最近は日本円が強いわけでもないので、留学や海外に出ることが難しい時代ではあると思います。オンラインのアプリとかいろんな方法で、日本にいても英語を学ぶことはできるかもしれないけれども、やはり海外に出て学んで、実際にたくさんの人たちと交流することで得られるものは、英語のアプリでは絶対に得られないので、留学してみようかな、海外で勉強してみようかな、と思う若い人たちがちょっとでも増えればいいな、という思いはあります。

 

三宅 海外に行って、失敗も含めて描かれているのがこのエッセイの素敵なところだと思っています。海外に留学して、今までの自分じゃいられなかった、っていうことも書かれていましたが、それが面白そうだなって思う方も多いんじゃないかと思うんですよね。

彬子さま 日本人って失敗したくない、みたいなところがあるじゃないですか。失敗してみないと成功はならないと思っているので、いろんな失敗も、「こんなことがあったから成長できたんだ」っていうつもりで行ってみてほしいですね。他にもいろいろありましたけど、隠さないで書いたつもりですし、行ってみないと、やってみないとわからないことはたくさんあります。

 外国に行った時に思うんですけども、片言でもその辺の言葉を話すとよろこんでいただけるんですよね。文法や言葉が間違っていてもいいから、何か言おうとしていることが伝われば、向こうは理解しようとしてくださるし、それがまた英語の上達のきっかけにもなるので、間違いだらけの英語でもいいから、とにかく喋る、っていうのをやってみてほしいです。

三宅 最後にみなさんへのメッセージをお願いします。

彬子さま 「赤と青のガウン」は、私が学生時代の思い出を書き残したものですけれども、20年ほどの時間が経って、漫画のかたちでまた新たな展開になったことをとてもうれしく思っております。漫画を補完するように、本文も読んでいただけるきっかけになればと思っております。本日はありがとうございました。