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「虚空蔵の峯」書評 悪政の本質を映し出す法廷ルポ

評者: 山中季広 / 朝⽇新聞掲載:2026年04月11日
虚空蔵の峯 著者:飯嶋 和一 出版社:小学館 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784093867764
発売⽇: 2026/02/25
サイズ: 13.7×19.3cm/328p

「虚空蔵の峯」 [著]飯嶋和一

 評者が社会部記者だったころ、リクルート事件やゼネコン汚職、オウム真理教の裁判を法廷で取材した。初公判や判決はともかく、数年に及ぶ審理の途中経過は出稿してもボツになった。退屈な証人尋問に記者席で寝落ちし、廷吏に小声で叱られたこともある。
 そんなダメダメ司法記者だった身からすると、徳川の治世を騒がせた裁判劇を描く本書はまさに臨場感たっぷり。3年に及ぶ裁きの途中も退屈など皆無で、ページを繰る手が止まらない。
 舞台は、9代将軍家重の世の美濃国郡上藩。藩主は江戸屋敷で遊興にふけり、家臣らは国元で異常な重税を民に課した。
 たとえば白山信仰の拠点だった村では、欲深い神主が家臣らと結託して村民五百余名を追放。飢えと寒さで70人以上が放浪中に命を落とした。
 「これほどの悪政に黙っていては白山の神に許されない」。悲壮な決意をした男たちが江戸で駕籠(かご)訴や箱訴を敢行する。
 奉行らは当初おざなりに処理しようとする。だが人気の講釈師が郡上騒動を上演して江戸の関心を呼ぶと、幕府は一転、藩主を白洲(しらす)で裁き、改易の判決を下す。
 それでも訴えて出た男たちが故郷に戻って称賛されはしない。講釈師ともども死罪や獄門の極刑に付されたからだ。
 裁く側の主眼は窮民を救うことにはない。あくまで幕府による私藩支配の強化が狙いだ。徳川司法の酷薄さを描くとき、作者の筆は冴(さ)えかえる。
 270年も前の法廷ルポを読みつつ、思いは現実に向かう。統治者が一強になればなるほど、庶民は二つに分断されるもの。郡上でも、藩政に追従する「寝者(ねもの)」派と、身を賭して立ち上がる「立者(たちもの)」たちが争い続けた。
 寝者と立者の反目から村の調和が破壊された結果、「藩の思うがまま、やりたい放題が通されることになりました」。若き立者の嘆きが悪政の本質を突く。
 まるで今日の米国、明日の日本ではないか。
    ◇
いいじま・かずいち 1952年生まれ。作家。『出星前夜』で大佛次郎賞。『星夜航行』で舟橋聖一文学賞。