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騒がしい時代、言葉への思いは 押切もえ

 <イラスト・ゆりゆ>

 「人はなぜ、金に狂い、罪を犯すのか」というキャッチコピーと、ゴッホの絵画にあるタイトルの奇妙な組み合わせに惹(ひ)かれた。川上未映子『黄色い家』上・下(中公文庫・各924円)は、主人公の花が、あるニュース記事を見つけるところから物語が始まる。黄美子という名の古い知人が監禁・傷害事件で起訴されたというのだ。そこから封印していた一九九〇年代、十七歳の頃の記憶が鮮やかに甦(よみがえ)る。

 母親から放置されて育ったことや黄美子との出会い、同世代の少女たちと疑似家族のように暮らした「黄色い家」、最後には犯罪にまで手を染めて破綻(はたん)していく過去。当時実際に起きた事件や問題、流行(はや)ったブランドの名前に懐かしさや切なさを覚えながら、騒がしい時代で人とのつながりを摑(つか)もうと生きる花の運命をやるせない気持ちで追った。

 「お金」を巡る話だが、お金が与えてくれる幸福感や希望、自由、喜びよりも、裏切りや支配による恐怖心の方が強く記憶に残る。一番お金を手にしていた時でさえ、花をはじめ他の少女がけして幸せでなかったところが皮肉だった。明るく温かい印象の黄色が、最後には狂気と異様さを際立たせていたように思う。

短歌詠む契機に

 「時代の中で言葉の比重は増している」と語る俵万智さんの『生きる言葉』(新潮新書・1034円)は、毎日SNSやメールの文章を目にし、自分でも発信する機会が多い中、気になった本だった。深く感動した時や、本当に嬉(うれ)しかった時、悲しかった時、感謝を伝えたい時、それを表すぴったりの語句を探すのにもどかしさを覚えることがあるからだ。

 言葉への思いは子育ての場面から綴(つづ)られていく。国語教師をされていた著者の教育の話や、息子さんとの愛情溢(あふ)れる言葉のやり取りは、子育て中の私の心に響いた。

 また、ある短歌の歌会で「『も』警察」と呼ばれる著者の、一見便利な助詞「も」を取り締まるエピソードに笑った。言葉の輪郭を曖昧(あいまい)にする「も」の使い方に気をつけるきっかけになり、この文章でも心掛けている。

 各章から多くの気づきを得たが、中でも、「作品は副産物と思うまで詠むとは心掘り当てること」という歌が胸に残る。ともに歌会をするホストの方々が各々(おのおの)の人生を振り返って詠んだ歌と、その情熱に気おされるように生まれた作品だという点も忘れ難い。

 終盤、詩人・谷川俊太郎さんの作品や人となり、思い出に触れつつ、言葉と世界が持つズレを受け止めながら、著者が結ぶ言葉に背中を押された。日常のふとした瞬間の心の動きを味わうように、三十一文字での表現を試みる良いきっかけもいただいた。

 言葉や文章での伝え方について力不足を感じるこの頃、たびたびこの本を開く。筒井康隆『創作の極意と掟(おきて)』(講談社文庫・858円)。二作目の小説を書き終えた時、担当編集者の方から贈っていただいた特別な一冊である。

遺言と記す作品

 作家歴六十年の頃の著者が「作家としての遺言」と記す作品で、「凄味(すごみ)」から始まり、「色気」「揺蕩(ようとう)」……と、著者だからこそ語ることができる文章表現にまつわる三十一項目を解説する。自作から海外作品まで様々な名著を参照しつつ、ユーモアと豊かな知見によって掘り下げられる創作論は充実した読後感をもたらし、著者の創作への溢れる思いを垣間見ることができる。

 「破綻」の章では「書かれるべきことが書かれていなかったりして、物語の辻褄(つじつま)があわぬ」ストーリイの破綻について書かれるが、名作にもそんな裏側があると知って驚かされると同時に、その作家の事情や時代背景、著者が補足する温かい言葉に心が和む。デビュー時から現在に至るまで文学上で常に様々な挑戦や実験をされている著者の姿に、深い敬意を覚える。=朝日新聞2026411日掲載