1. HOME
  2. 書評
  3. 「体の居場所をつくる」書評 豊かに自由に伝える身体の感覚

「体の居場所をつくる」書評 豊かに自由に伝える身体の感覚

評者: 青山七恵 / 朝⽇新聞掲載:2026年05月23日
体の居場所をつくる 著者:伊藤亜紗 出版社:朝日出版社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784255014081
発売⽇: 2026/02/21
サイズ: 18.8×1.8cm/312p

「体の居場所をつくる」 [著]伊藤亜紗

 通っているピラティス教室で体を曲げたり伸ばしたりしているとき、先生に「今、体はどんな感じですか」と聞かれる。これが意外と難しい質問で、返せる言葉はせいぜいきつい、気持ちいい、特に何も、の三パターン。実際にはもっと複雑で繊細な何かの気配があるのに、手持ちの言葉ではそれを掬(すく)いきれないのがもどかしい。外から体を語る言葉は多々あっても、自身の体を内から語れる言葉は意外と少ない。
 だから、本書に登場する人々が己の体を語る言葉の自由さ、その語彙(ごい)の豊穣(ほうじょう)さには目を見張った。彼ら彼女らは、摂食障害やALS(筋萎縮性側索硬化症)などの障害や難病を抱えながら、あるいは社会のマイノリティとして生きながら、体の居場所をつくるための様々な試みのさなかにある。どの試みも知恵と創意工夫に溢(あふ)れ、その切実な固有性に、体をめぐる凝り固まった思考の関節が揺すぶられるような快さを覚える。在日コリアンとして日本で暮らした女性の経験からは、国籍も身体感覚として捉えうるものだと気づくし、ALS当事者の男性の言葉からは、体の力とは何だろうと再考を促される。走ったり投げたりとエネルギーを放出するだけではなく、体を「世界への触角みたいなふうに」使って、いわば世界の入力装置として働かせることもまた、一つの大きな力となるのだ。
 自分の体と環境をどう心地よく結びつけていくか。本書に集められたのは、一般論には還元しづらい、常に一つの体で実践中の試行錯誤の数々だ。そのユニークさを前にすると、世界の利便のために用意された固い椅子に自ら縛り付けられている必要などないのだと、少し力が抜ける。何より、体のことを言葉でこれだけ言えるのだ、という驚嘆が尽きない。語られた言葉そのものに、そして言葉と言葉のあいだにも、他者と共にひととき憩える居場所が生まれ得るのだと気づかされた。
    ◇
いとう・あさ 1979年生まれ。美学者。東京科学大リベラルアーツ研究教育院教授。『記憶する体』などでサントリー学芸賞。