毎日作るのはめんどくさいけれど、食べる人のことをどうしても考えてしまう。そんな料理を通じて、人の心がつながっていく。瀬尾まいこさんの「はじまりのスープ、夏ゼリー」(新潮社)は、そっとやさしい味わいだ。
執筆のきっかけは、瀬尾さん自身の日常にある。毎日、味覚の違う中学生の子どもと夫にごはんを作る。今日作ったら、また明日の献立を考えて……と終わりがない。
母と7歳下の妹との生活で、料理を始めたのは早かった。長年作り続け、自分の料理にも飽き、現在は「料理イヤイヤ期」。最近、ママ友ともよく「毎日作るのしんどいよね」と話していた。
「だけど、料理が楽しかった時期もある。どうやっていた時、楽しかったかな、どんな風に料理したら楽しいだろうと考えながら書き始めました」
主人公のリリーは、パートに出る母に代わり、小学3年生で料理をするようになった。両親はぎくしゃくしていたが、料理を食べれば「おいしい」と笑ってくれる。自分にも何かができるんだと思えた。だが、中学進学を前に両親が離婚。母は妹を選び、自分は父と暮らすことに。「母親に選ばれなかった」記憶が、リリーの心に暗い影を落とした。
その頃には、大体のものを作れるようになっていたが、しばらくして料理にも自分の作る味にも飽きた。父の帰りは遅くなり、一人で食事することが増えた。自分のためだけに作る料理はおいしくない。高校を卒業し、実家を出て8年。バイトをしながら食いつなぐ。生活のために時々、料理コンテストに出て賞金を稼いでいる。
「料理のことは書きたいと思っていたけれど、いつも一番興味があるのは、人」という。タウン誌の編集者が誰にも話せずにいた過去を、そっと引き出した「海の味」がするアサリのスープ。食欲のわかない大家のばあさんのために作ったおかゆ。新しい職場となった、つぶれかけの食堂で考えた親子丼。リリーは、料理を通じて人と出会い、少しずつ心を通わせていく。
「彼女が料理がうまいのは手際が良いのが理由だと思っていたけれど、書いていきながらすごく相手のことを思って、観察しているんだと気づいた」
「結末を知っていたら、楽しくない」と、物語の行く先は決めないまま書き進めるのが瀬尾さんのスタイルだ。書きながら、リリーとともに彼らを観察して、どんな人なんだろう、何をどんな風に感じるんだろうと考えた。すると「今まで以上に、登場人物のみんなが可愛くて、いじらしくなった」。
そして物語は、姉妹の思い出の味にたどり着く。その料理が妹を救い、リリーの心も動かす。母に選ばれなかったリリーが、何かを「失った」と思っていたあの日。だけどそれは、姉妹にとって、また別の意味を持つ日でもあったのだ。
リリーの歩みはまるで瀬尾さんの人生とも響き合っているよう。執筆をしながら夢だった教師の職を得たが、病気になり退職した。夢から外れ、人生が変わってしまっているなと思った時もあった。だが、「自分のクラスにいる間は、ちょっと落ち着くよねとか、楽しみだよねと思ってもらえる空間を作りたくて、教師になりたかった。小説を書くことは全然違う仕事だと思っていたけれど、回り回って誰かの気持ちに少し触れることができる仕事だと」。違う道を歩み出したが、夢はかたちを変えて続いていた。
「そんなに読み手を意識していないつもりでも、読んで良かったと言ってくださることがやっぱり原動力」。誰かが笑ってくれることで、やろうと思える。
小説を書くことと、料理することの共通点かもしれない。(堀越理菜)=朝日新聞2026年8月26日掲載